第4話 魔族、眠りに落ちる
「誰かが常にくっついてるってだけで、自分家でもこんな息苦しくなるのな……」
疲れきった顔でカインはため息をついた。目の下には大きなクマができている。
レイナがカインの家で過ごすことが決まってから三日後。監視されているという緊張感から、カインは十分に休めないでいた。
「護衛二人が見てるのはこの私よ。近くにいるだけのただの脇役が、過剰に反応するのは見苦しいわ」
対照的に、ピンピンしているレイナ。こちらは魔界に来てからも欠かさない、夜の美容パックのおかげで肌はタマゴのようにツルツルだ。
「俺一応主人公なんだけど? 魔王様といいお前といい、俺の扱い酷くない……?」
「ま、否定はしないわ。カインが日に日に顔がゾンビになっていくのは私としても見てられないと思っていたし、もう少しの辛抱……それまでに完全にゾンビにならないといいわね」
カインにゴミを見る目を向け手をヒラヒラさせつつそう言った。灰になり崩れ去るカイン。
レイナの扱いを数日後には決定するので、それまでの間レイナを家に置いておけというのが、魔王からカインに下された命令なのである。
ただ、魔王にとっての数日後がどのくらいのものなのかは、常に変化するため誰も知らない。そのためカインは、『数日後』が長くとも五日以内であってくれと、毎晩祈っている。
「お前、魔法使えたんだな」
ふいに、カインが言った。
「ええ……ちょっとね。私多分、魔法を使えば飲まず食わずで二週間は生きられるわ」
「なんだそれ……というか、いい加減それをやめろ!!」
カインが机を叩き叫んだ。レイナが飲んでいたジュースのコップが揺れる。
「俺の家を蛍光色にするな!!」
カインの悲痛な叫びに耳を貸すことなく、レイナはあるものを片っ端から蛍光色に変えていく。蛍光イエローに蛍光ピンク、蛍光オレンジ……と、レイナが指さすたび目が痛くなる。
「この家どこもかしこも真っ黒じゃない。ダーク系でセンスいい方だと思うけど、なんか辛気臭いわよ。こういうのは一回模様替えした方がいいわ」
口調は楽しそうだが、その目は全く笑っていないのが怖い。カインは眉間を押えた。
「……お前の考えを当ててやる。髪飾りを直してもらえなくて不満なんだろ」
レイナは微笑むと手を止めた。ため息をつくカイン。彼の頭上にはさっきから、髪飾りの破片がくるくると回っている。これは勿論、レイナの魔法だ。
レイナかカインが今ここででも直してしまえばいいと思う方もいるかもしれないが、レイナは『修復系の魔法は使えないの』と言うし、カインは『出来なくもないがやると魔力消費しすぎて仕事に支障出る。それにアイツがあんな大事そうにしてるやつ修復ミスしたら俺殺されそうだからやだ』と早口でまくし立てるので無理である。
そもそも、とカインが口を開く。
「お前は今軟禁状態。俺は最近ずっと仕事。直しに行けるわけないだろ」
「仕事って女の子攫ってくるやつでしょ。辞めたら?」
「それだけじゃないんだからな!!勇者の牽制とか魔王様の部屋の片付けはずっとやってるし、同族のサポートとか大変なんだよ!!」
吠えるカインにレイナは憐れみの視線を向ける。
「ふーん……じゃ、私の軟禁がなくなったら休み取って連れてってね」
考えとく……と机につっ伏そうとするが、レイナに角を掴まれ無理やり上を向かされる。
「絶対、ね?」
至近距離かつ満面の笑みで圧をかけるレイナ。カインは死にそうな顔で頭を縦にブンブン振った。
レイナは微笑むと、手をパン!と叩いて魔法を解いた。黒っぽい内装に戻る室内に、もともと疲れ切っていたカインは浅い眠りにおちた。
静かな室内に、カインの寝息が響く。
寝ちゃった……話す相手がいないとつまらないわ。護衛は会話禁止の呪いかかってて話せないし。この家整頓されてるし無駄なものがないからすることも特にないのよね。
そっと窓を開ける。使い魔らしきカラスが、首に沢山の配達物をぶら下げて飛んでいるのが見えた。
使い魔か……一匹いればまた違ったんでしょうね。ペット、欲しいなぁ……。
ペットを飼った時の妄想をしてニヤけていると、窓から音もなく入り込んできた影があった。レイナの前に座る。外にいる護衛は気づいていない。
真っ黒な毛並みにピンと立った尻尾。何より特徴的なのはその瞳だ。右は黄色、左が青色のオッドアイ。
黒猫だ。
「貴方、もしかして……」
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