密室トリック

 西城俊一が応接室を出て行くと、入れ替わりに二人の男がやって来た。

 一人は額が抜けるように広く、鼻筋の通った、なかなかの美男子だ。もう一人はやや年若で角張った顔に角張った体の四角い男だ。

「いかがでしたか? これで、良かったでしょうか?」沖が二人に尋ねる。

「まあ、良いんじゃないかな」と年配の男が答えた。

 群馬県警の柊と茂木だ。実際の事件を題材にしているとあって、二人の刑事は、ちゃんと永田の書いた脚本に出演していた。

 茂木は沖に向かって、「流石に映画製作会社さんですね。隣の会議室で一部始終、拝見させて頂きました。お二人共、堂に入った演技でした。今の会見の模様は全て録画されているとお聞きしています。録画データを頂けますか?」と尋ねた。

「ええ、録画してあります。部下に言って、焼いてもらいましょう」

 沖は身軽に立ち上がると、応接間を出て行った。

 広い応接室だ。柊と茂木が空いたソファーに腰を降ろすと、永田が尋ねた。「刑事さん。今の会見で何か分かったことがありますか?」

 警察の捜査に協力することなど、滅多にない。これを脚本に生かさない手は無い。

「分かったこと? そうですねぇ~西城俊一は徹底して、自分が犯人だと書かれた箇所を変更しようとしていましたな」柊が答える。

「やっぱり、彼が犯人なのでしょうか?」

「どうですかね。そこはやっぱり、自分が殺人犯だと自白するような映画を撮りたくないからでしょう」

「そうですか? 殺人犯が自分の犯行を自白する、そんな映画があれば、面白いと思うのですけどね。きっと大評判になります」

 永田の言葉を聞いて、(やっぱり、芸能関係者は、一般人とは違った感覚を持っているんだな)と茂木は妙な感心をした。

「面白い!? 捜査は遊びではありません。人が一人、殺されているのです!」こういう時、柊はズバリ、言いたいことを言ってくれる。

「すいません」と口先だけで謝ってから、永田は「そうですか。刑事さんたちのような犯罪の専門家でも、今の会見からは何も得るものがなかった訳ですね」と挑発するかのように言った。

 永田の嫌味など、聞き流しておけば良いのに、柊は子供のようにむきになって反応する。「無論、分かったことはあります」

「どんなことですか?」

「会見中、一度、西城俊一が妙なことを言いましたね。それに気がつきましたか?」こちらも、なかなか挑発的だ。

「いえ、私のような素人には、分かりませんでした」

 これに柊は気を良くしたようだ。「ははあ~気がつきませんでしたか。まあ、あなたは素人ですから、仕方ありません。彼、セクハラ教師の話を春禰さんの幼馴染から聞いていたのに、聞いていなかったと惚けましたよね?」

「あ、ああ~確かに。僕も変だと思いました」

「永田さん。今更、言ったってダメですよ。後だしジャンケンだ」何処までも子供っぽい。

「そ、それで、そのことから何が分かったのでしょうか?」永田が身を乗り出す。

「今回、マネージャーの加藤に招待客の名簿を渡したのは俊一です。春禰さんは、懐柔の意味もあったのでしょうが、自分に恨みを持っている人間を温泉宿に招待する傾向があった。だが、それが今年は、あまりに露骨だった。

 旅館で、過去の宿泊客のリストを見せてもらいました。仕事絡みの芸能関係者が一人、二人、必ずいたのですが、それが今年はいませんでした。何時もなら接待の意味で芸能関係者を招いていたのでしょう。それが今年は、皆無で、春禰さんに恨みを持つ人間だけが集められていたのです」

「ええ、ええ」と永田が期待の篭った目で柊を見つめる。柊は得意満面だ。「どうです? 分かりましたか? えっ、まだ、分からない。聞きたいですか? 良いですよ。では、お教えしましょう」と焦らせておいてから、「西城俊一が加藤に渡す名簿を書き換えたとしたらどうです? 仕事関係者を排除して、個人的に春禰さんに恨みを持つ人物だけを旅館に集めた。そう考えることが出来るのです。セクハラ教師の金田はその一人だった。俊一が書き加えた人物の一人だった。だから、知らない振りをしたのです」と言った。

 永田が弾けるように言った。「な、な~るほど! 流石は刑事さん。目の付け所が違いますね。あんなちょっとした会話から、そこまで分かるんですね。いや~勉強になりました」

「いや、何。この程度」柊の自慢はさておき、(確かに柊さんの説は一理ある)と茂木は思った。そして、茂木が続けて思ったことを、永田が聞いてくれた。「そうなると、やはり西城俊一が犯人なのですね?」

「そこまでは分かりません」あっさりしたものだ。柊が誰のことを疑っているのか、茂木は聞いていたが、部外者に教える訳には行かないのだろう。当然だ。

「名簿に細工をしたとなると、彼が怪しいことになりませんか? 少なくとも、私の書いた脚本通り、彼が共犯者である可能性が高くなったような気がします」

「どう、考えようと、あなたの自由です。我々はあくまで事実を、証拠を追い求めるだけです」格好をつけ過ぎだ。

 自ら推理を披露しておいて、結論から逃げているだけだ。

 その時、「やあ、やあ。随分、話が弾んでいるみたいじゃありませんか。永田君、良い話が聞けたようだね。後で僕にも教えてくれよ」と言いながら、沖が戻って来た。そして、「刑事さん。はい、これ。会見の模様を録画した映像データを保存してあります。これで良いですか?」と言って、USBメモリを柊に渡した。

「結構です。ご協力、感謝します。では、我々、忙しいのでこれで。西条俊一から連絡があれば、直ぐにご連絡ください」柊が人並みに礼を言った。

 二人が応接室を出て行くと、沖は永田に向かって言った。「二人共、君の脚本に出て来るまんまの人物だったな」

「そうでしょう。取材で話を聞いて、これは使えそうだ――! と思いました」

「君の脚本に、一見、名探偵に見えるが、実は助手の方が名探偵だと言う台詞があったな。まさにそんな感じだ。だが、実名はまずいだろう。脚本で名前くらい、変えておいてくれよ」

「あっ! すいません。柊っていう刑事さん、印象が強烈だったものですから、ついついそのまま名前を使ってしまいました。何て名前にしましょうか?」

「そうだな・・・柊だから、木の名前がいいな。楠でどうだ?」

「いいですねえ。楠、姓は楠で名前は何にしましょうか?」

正義まさよしだったよな。彼の名前。刑事にぴったりの名前だ。じゃあ、一字変えて、正成でどうだ?」

「それだと楠正成になっちゃいますよ。南北朝時代の有名な武将の名前じゃないですか!? 後醍醐天皇の建武の新政の――」

「ああ、そうか。道理で直ぐに名前が浮かんだ訳だ。やっぱり、僕に脚本は無理だな。まあ、君、適当につけておいてくれ。とにかく、実名はまずいよ。刑事さんだしな」

「分かりました」と永田が頷いた。


 全ては茂木が仕組んだ罠だった。

 話は数日前に遡る。柊と茂木は別荘にいた。

 茂木が窓を開けたので、冷たい空気がどっと部屋の中に押し寄せてきた。茂木は窓から首を伸ばし、下を見下ろした。そして、窓から頭を出したまま、動かなくなった。

 部屋の温度が下がって行く。だが、柊は無言のまま茂木の様子を見守っていた。

「密室の謎が分かったかもしれません」と柊に告げると、「現場で説明しろ!」と言われ、別荘まで車を飛ばしてやって来た。

 西条春禰は二階にある寝室で絞殺された。寝室は密室になっていた。ドアにはサムターンと呼ばれる鍵がかかり、窓は全て内側から鍵がかかっていた。

 柊は「合鍵を使って密室にしたのだ」と、密室の謎にあまり感心がない。犯人を検挙さえすれば、そいつが合鍵を持っているはずだというスタンスだ。

 合鍵の存在については、事件後に家政婦の飯田勝子から事情聴取を済ませてある。「合鍵があるのではないか?」と言う質問に対して、きっぱりと「それはありません」と否定した。

 門や玄関、裏口の鍵は合鍵を作って、春禰と俊一が持っている。とは言え、田舎のことだ。顔見知りばかりの村だ。村人は玄関に鍵をかける習慣がない。春禰と俊一も別荘に滞在している時は、戸締りを気にしていなかった。

 そんな有様だ。別荘の中の部屋の鍵など、無用の長物だった。春禰と俊一、それに日中、飯田がいるだけなので、部屋に鍵をかける必要などなかった。

「そんなもの、必要ありませんから」と飯田は言う。

 飯田に邪魔されたくなければ、部屋の中からサムターンを回して、鍵をかければ良い。それだけだ。別荘として利用している屋敷なので、貴重品も多くない。外から部屋に鍵を掛ける必要がなどないのだ。

 春禰が別荘を使用しない時、飯田は月に一度、掃除にやって来る。あまりに長い間、遊びに来ない時は、用心のため部屋に鍵をかけることがあった。だが、ここ数年、春禰は頻繁に屋敷を訪れていた。「もう何年も部屋に鍵はかけたことはありません」と飯田は言い切った。

 飯田が断定的に言い切るので、柊がむきになって尋ねた。「なるほど。あなたがここ数年、部屋の合鍵を使っていないことは分かりました。では、誰かに鍵を貸し出したことがあったのではありませんか?例えば、俊一さんに頼まれて、寝室の合鍵を貸したとか?

 今回のように、なかなか起きて来ないので、心配になって合鍵を使って部屋の中に入ったことはありませんか?自宅のトイレの鍵が壊れて、中に閉じ込められるという事故が意外に多いのですよ」

 この質問にも、飯田は「いいえ、そんなことは一度もありませんでした」と否定した。

「本当ですか・・・」柊は信用していない様子だったが、飯田の言葉が正しいとするならば、俊一に合鍵を作るチャンスは無かったことになる。

 キーボックスの鍵についても同様で、「いいえ。私の命に代えても、人に貸したことなんてありません」と飯田は毅然と答えた。

(合鍵を使って密室をつくったのではなければ、どうやって部屋を密室にしたのか?)茂木は考えた。

 部屋の暖気がどんどん逃げて行ってしまう。流石に、寒くなってきた。腕組みして茂木の様子を見守っていた柊が寒さに耐えかねて、「どうしたんだ?」と批難すると、「すいません。ちょっと考え事をしていました」と茂木は言って、慌てて窓を閉めた。

「密室の謎が解けた――ような気がします。謎を解いてみると、犯人が誰なのか、西城春禰さんを殺した人物が誰なのか、分かりました」

「ほ、ほう~面白い。で、誰なんだ?」

「はい。先ずは密室の謎について、説明します。よろしいでしょうか? 多分、僕の話を聞けば、柊さんなら、犯人が誰なのか、聞かなくても察しがつくと思います」

「余計な前置きはいい。さっさと密室の謎とやらを、説明しろ」

「はい。結論から言います。この部屋は密室ではなかったのだと思います」

「密室ではなかった⁉ 我々の眼が節穴だということか?」どうにもやり難い。

「い、いえ、そういう意味ではありません。何故、寝室を密室にしなければならなかったのか? それを考えました。事件の発覚を遅らせるため。じゃあ、何故、事件の発覚を遅らせたかったのか? 屋敷には俊一さんに飯田さんがいた。遅かれ早かれ、遺体は発見されていたでしょう。事件の発覚を遅らせたかった訳ではないでしょう。じゃあ、何故? 犯人は部屋を密室にしたのでしょう? 密室に見せかけることで、アリバイを証明したかったのではないか? そう考えました。

 犯人はこの部屋で西城春禰さんを殺害した。紐状の凶器で、絞め殺した。多分、身近にあるものを使ったのだと思います」と茂木が言うと、「何故、身近なものを使ったと分かるだ?」と柊が話を遮った。

「犯人は凶器を早く処分してしまいたかったはずです。遺体が発見されてから、直ぐに警察がかけつけて来ています。ゆっくり凶器を処分している暇など無かった。だから、部屋の中にあって、見つかっても違和感が無いものを選んだと思うのです」

「ほ、ほう~それは面白い。先を続けろ」自分で話を遮っておいて、「続けろ」はないだろう。

「はい。西城春禰さんを殺害した犯人はドアに鍵をかけ、窓から壁を伝って外に出ました。犯人は一旦、外に出ると、そのまま、車に乗って、旅館に向かいました。窓は開けっ放しでした」

「窓が開けっぱなしだった?」

「そうです。そして、犯人は旅館の前にある居酒屋に顔を出しました。そこにはマネージャーの加藤さんがいた。加藤さんが毎日、夜な夜な居酒屋に来て飲んでいることを知っていた。居酒屋にいなければ、旅館に尋ねるつもりだったのでしょう」

「待て、待て。西城春禰を殺害した犯人は、西城俊一だと言っているのだな?」またもや柊が話を遮る。

「そう思っています。密室の謎を解いてみると、犯人は彼以外、考えられません。西城俊一は『相談したいことがあるので、至急、屋敷まで来て欲しい』と春禰さんが言っていると加藤さんに伝えました。春禰さんは既に殺されています。これは、加藤さんに寝室のドアに鍵がかかっていることを確認させる為です。

 何も知らない加藤さんは、屋敷に春禰さんを尋ねます。寝室には鍵がかかっていて、会うことはできませんでした。その時、寝室の窓が空いていたのですが、わざわざ庭に回って確かめたりしないでしょう。しかも、夜中ですので、寝室の電気が消えていたなら、窓が開いているのかどうかなんて、分からなかったでしょう」

「ほ、ほう~それは面白い」と柊がまた言葉を挟む。茂木は軽く微笑んだだけで、話を続けた。

「居酒屋に戻って来た加藤さんと西城俊一は杯を酌み交わし、アリバイをつくりました。居酒屋に加藤さんが帰って来なくても、ずっと居酒屋にいるつもりだったと思います。

 居酒屋でたっぷり時間を潰してから、西城俊一は屋敷に戻りました。そして、今度は壁を伝って窓から寝室に侵入したのです。そして、窓に閉め鍵を掛け、ドアの鍵を開けて部屋を出ました」

「西城春禰殺害後、暫くの間、寝室の窓が開いていた訳だな。あの時分、気温は零下だったはずだ。遺体の腐敗の進行が遅れることになる。検死官は部屋に暖房が効いていたという前提で死亡推定時刻を計算しているから、死亡推定時刻に幅が出てもおかしくない」柊が呟く。

「はい。そのことも考慮に入れていたのかもしれません」

「そうか? あのぼんくらが、そこまで考えたとは思えないがな。偶然だろう」

「そうですね。いずれにしろ、西城俊一は春禰さんを殺害後、アリバイを作るために、加藤さんに寝室のドアに鍵がかかっていることを確認させる必要があった。

 密室を成立させるには、翌朝が勝負になります。そして、翌朝、家政婦の飯田さんが別荘にやって来ます。俊一は彼女がやって来るのを待ち構えていました。彼女が朝食の支度を始めると、起きたばかりの振りをして、階下に降ります。そして、彼女に、昨晩、西城春禰さんは頭が痛いと言って、薬を飲んで、一人、先に寝たと伝えます。そして、寝室に鍵がかかっていて、外から呼んでも起きてこないと言って、心配してみせます。

 飯田さんは俊一の朝食を食卓に並べると、二階の様子を見に行くために、一旦、応接間に行き、キーボックスから寝室の合鍵を取り出します。

 この時点で、寝室のドアには鍵がかかっていません。飯田さんが応接間に合鍵を取りに行っている隙に、西城俊一は二階に駆け上がり、寝室に駆け込みました。そして、ドアに鍵をかけると、ここ――」と言って、茂木はバスルームを指差した。「バスルームに潜みます。後は飯田さんがやって来るのを待つだけです。飯田さんは二階にやって来ると、合鍵で鍵を開けて中に入ります。ドアを開けると、真正面にベッドが見えます。ベッドの上の春禰さんが目に入ります。布団が乱れており、春禰さんは不自然に手足を広げている。様子がおかしい。飯田さんはパニックになります。

 飯田さんがベッドの上の春禰さんに気を取られている隙に、西城俊一は見つからないようにバスルームから抜け出すと、ドアの裏へ移動します。そして、飯田さんが悲鳴を上げると、いかにも、それを聞いてかけつけて来たかのように、背後から声をかけます。

 これで、密室が完成する訳です。合鍵を使うよりも、ずっと簡単に密室を作り上げることができます」

「ふん、子供だましのトリックだな・・・」

「ええ。分かってみれば、実に単純なトリックだと思います」

「もともと密室の謎なんかに、たいした意味はなかったのだ。お前たちが大袈裟に騒いでいただけだ。西城俊一に複雑なトリックなど、考えつく頭なんてない」

「はは。さて、僕の推理が正しいとすると、犯人は西城俊一以外いないという結論になります。彼以外に、寝室を密室にすることは出来なかったでしょうから。

 ですが、春禰さん殺害の動機については、よく分かりません。まだ、我々の知らない事実があるような気がします。西城俊一には、急いで春禰さんを殺害しなければならなかった、切羽詰った事情があったはずです」

「切羽詰まった事情だと・・・」

「ああ! たった今、飯田さんが何故、救急車ではなく、警察を呼んだのか、分かりました。彼女は自分が間違えて警察に電話をしたと思っているようですが、俊一から『警察に電話をしろ』と言われて、電話をしたのではないでしょうか?

 ちょっとした言葉の綾ですが、西城俊一が犯人だとすると、そこに重大な意味が隠されていたことになります。西城俊一は春禰さんが死んでいることを知っていた。そして、一刻も早く警察に来てもらいたかった。だから、咄嗟に救急車ではなく警察を呼ぶように、飯田さんに指示した」

「死亡推定時刻だな。やつは一刻も早く我々に来てもらい、死亡推定時刻を確認してもらいたかったのだ。それで焦って、飯田に救急車ではなく、警察を呼ばせてしまった訳だ」

「そうだと思います。彼の狙い通り、遺体は暖房の効いた部屋にあったと仮定され、死亡推定時刻が計算されてしまいました。死亡推定時刻に若干の狂いが出て、彼のアリバイが完璧なものになってしまった訳ですね。ああ見えて、俊一は事前にみっちりと計画を練っていたのかもしれません。あっ!」茂木が叫ぶ。

「何だ、何だ」

「度々、驚かせて、すいません。もうひとつ分かりました。春禰さん殺害の凶器です。突然、天啓のように脳裏で閃きました」

「ふん、天啓とは、大きく出たものだな。お前は聖人か。ゴタクは良いから、言って見ろ」

 柊の嫌味に「すいません」と謝りながら、「凶器は身近なもので、普通に部屋に置いてあるものだと考えていたのですが、やっとそれが何なのか分かりました。家政婦の飯田さんが言ったことを、ふと思い出したのです」と茂木が言う。

「飯田が言っていたこと?」

「そうです。遺言が公開された日、弁護士の先生が屋敷を訪ねて来ました。飯田さんは西城俊一から、弁護士先生が宿泊する部屋の準備を頼まれていました。それが終わったと俊一に報告している時、俊一の部屋にバスローブを置いておいたと飯田さんが言っていました。そして、バスローブがないなんて変だ。ちゃんと用意しておいたのに――と愚痴っていました」

「そんなことがあったか?」

「覚えていませんか?」

「忘れた。そんなことは、どうでも良い! それで、バスローブがどうした?」

「ああ、はい。すいません。バスローブには細い腰紐がついています。西城俊一は、それを使って春禰さんを殺害したのではないかと思ったのです。

 凶器のバスローブと紐は、事件当夜、屋敷から居酒屋に向かう途中、道端に捨てたか、隠したのではないでしょうか? だから、バスローブが無くなった。そこで、何食わぬ顔をして、飯田さんに新しいバスローブを要求した。

 事件から何日も経っていますから、道端に捨てたバスローブはもう処分してしまったでしょうね」

「あきらめるな! 可能性はある。今から、調べに行くぞ!」口は悪いが、こういうところは根っからの刑事だ。

「はい」と茂木が頷く。

「ふん。俺は最初から西城俊一が怪しいと睨んでいた。お前が密室の謎とやらを解く前からな。分かっているよな」と柊が言う。確かに、茂木が「犯人は誰か?」尋ねた時、柊は「西城俊一が犯人だ」と答えていた。

「柊さんは、何故、西城俊一が犯人だと思ったのですか?」

「脅迫状を覚えているか? 西城春禰宛に届いたやつだ」

「はい。覚えています」茂木が頷く。

「脅迫状の指紋を調べたところ、西城俊一の指紋しか検出されなかった」

「はあ・・・犯人は手袋でもしていたのでしょう」

「茂木、よく考えろ。西城春禰宛の脅迫状だぞ。当然、それを読んだはずの西城春禰の指紋が残っていないのはおかしい。それが無かった。あの脅迫状は西城俊一の自作自演だったのだ」

「ああ、なるほど――」と頷いて見せたが、(春禰が気にするといけないので、脅迫状は見せなかったと俊一に言い訳されると、どうしようもないな)と思った。

「それに、あいつ、最初に事情聴取をした時に、被害者が何時、殺されたのか、知っていた。覚えているか? 『家内が殺された時間、家にいなかった』とやつが証言したことを。死亡時刻を知っていたから言えた台詞だ」

(それも、自分が家を出るまで春禰さんは生きていたと言いたかっただけではないか?)と思ったが、茂木は口に出さなかった。

 いずれも犯人だと決めつけるには弱いような気がした。

「いずれにしろ、西城俊一を締め付ける必要がある。きっと、我々の知らない動機が、西城春禰を殺害しなければならなかった事情があるはずだ。それを徹底的に調べ上げて、やつの鼻先につきつけてやるぞ! 先ずはバスローブを探すのだ‼」

 珍しく柊が興奮した口調でまくし立てた。

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