容疑者十二・飯塚茉莉
「知ってるも何も!飯塚茉莉でしょう」と佐藤が胸を張る。
「ほう。どなたです?」
「そうだ、彼女だ。刑事さん、彼女の仕業だ。彼女の仕業に違いありません。社長を殺したのは、きっと彼女です!」
「その彼女がどういう人物なのかを、お聞きしています」柊が冷静に尋ねる。
「飯塚茉莉はエステティック・サロン、コマチを経営していた
コマチは借金を抱えて、倒産しました。
社長はね。うちみたいな買収相手には優しかったんですけど、自分に牙を剥いてくる相手には容赦ありませんでした。こまちの社長、飯塚勉は多額の負債を抱えて、首を吊って自殺しました。気の毒ではあったのですが、勝敗は時の運。うちが負けていれば、職を失っていたのは我々だった訳ですから、同情はできません。社長のことです。コマチが倒産してから、あそこで働いていた従業員を随分、雇い入れました。まあ、それでも飯塚家の人間からは恨みを買ってしまいました」
「ほ、ほう~それは面白い。そんな人物がいたのですか」
「刑事さん、面白いって、不謹慎な。飯塚社長には二人の息子さんと娘さんがいたんですけどね。二人の息子は、お世辞にも出来が良いとは言えませんでした。会社が倒産して親父さんが首を吊ったというのに、買ったばかりの高級外車のローンを心配しているような出来損ないでしたからね。
娘さんの方は男勝りでね。社長室に怒鳴り込んで来ましたよ。『このままでは済まさない。きっと父の恨みは晴らしてやる!』ってね」
「ほ、ほう~それは面白い。東城社長を脅した訳ですね」
それは面白い――は柊の口癖だ。不謹慎だと言われても、止められない。
佐藤は顔をしかめて言った。「我々が知らないだけで、彼女がここにいるのかもしれませんね。刑事さん、彼女を探してみてはいかがです? 狭い村です。隠れる場所なんて、そんなに無いでしょう」
「無論、確かめてみます。しかし、これだけ自分に恨みを持つ人間を呼び集めているというのに、その飯塚茉莉という女性は招かなかったのですか?」
「さあ、社長のことですから、招いたことは招いたんじゃないですか? あちらさんが、招きに応じなかっただけでしょう。気の強い女性でしたから」
「今回、東城社長が誰を招こうとしたのか、ご存知ですか?あなたが手配されたのでしょう?」
「ええ、まあ。この旅館を予約したり、やって来る人たちの交通手段を確保したりなんかは、私の仕事でした。ですが、誰を呼ぶかを決めたのは社長ご自身です。ああ、誠一さんなら、知っているかもしれません」
「東城誠一氏が?」
「ええ。今回、招待客リストは、誠一さんからもらいました」
「いつも誠一さんからもらうのですか?」
「いいえ。そういえば、今回が初めてですね。社長から預かったと言って、誠一さんからリストをもらいました」
「ほ、ほう~で、何時もと違った点はありませんでしたか?」
「さあ。何時も似たり寄ったりの人たちですが、今回は初めての人がちょっと多いなと言う感じでした。まあ、毎年、初めての方はいますけどね」
「ほ、ほう~で、誰が今回、始めて招かれた人間なのですか?」
「ええっと・・・関口夫婦とか・・・ああ、そうだ。金井って言う人、高校時代の社長の恩師だとか。なんでまた急に――? と思いました」
「ほ、ほう~それは面白い」
「ああ、そうか。初めて招かれた人間の中に社長を殺した犯人がいる訳ですね」
「何故、そう思うのです?」
「えっ!? 違うのですか? だって、そう考えるのが普通じゃありません?」
「分かりませんよ。今まで、ずっと東城社長を殺害するチャンスを伺っていて、今回、ついに目的を達成したのかもしれません。ねえ、佐藤さん。違いますか?」柊がにやりと笑う。
「嫌だなあ~刑事さん。何度も申し上げているはずです。私が社長を殺す訳ないじゃありませんか!」
「残念ながら、現時点であなたを容疑の対象から外すことはできませんね」
佐藤は「まったく・・・」渋い表情を浮かべた。そして、「そう言えば刑事さん。ここにいない人間で良ければ、他にも怪しい人物がいますよ」と言った。
「ほ、ほう~それは面白い。東城社長を恨んでいた人間が他にもいたということですね?」
「社長はね、目配りの出来る人でして、ちょっと顔色が優れないだけで、直ぐに気がついてくれるような方でした。『いつも、あんなに周りに気を配っていて大丈夫だろうか?』と端で見ていて心配になりました。きっとね、神経をすり減らしていたんじゃないかと思います。
それでも、知らない人間から見ると、会社の拡張に余念がない、貪欲な人間に見えたことでしょう。若くて美人で、成功して金もある。社長のことを妬んでいる人間は大勢いたことでしょう。中には嫉妬に狂って、変な手紙を送りつけてくるやつがいるものです」
「脅迫状が届いていたのですか?」柊は察しが良い。
「ええ。大抵は会社のほうに送られてくるのですが。どうやって住所を知るのか、自宅に脅迫状が届くことがあるみたいです。無論、たちの悪いものについては、弁護士の先生や警察にご相談しています。
誠一さんによれば、今回、この呪い谷の屋敷にも脅迫状が届いたらしいのです。昨晩、そこの居酒屋で一杯やった時に聞きました。一体、どうやって屋敷の住所を調べたのやら、全く・・・」
「ほ、ほう~それは面白い。こんなところに脅迫状を送りつけてくるやつがいたとは――」こんなところとは失礼だ。
「ええ。そうです」
佐藤に当分、上杉湯を離れないよう、くどいほど念押しをした後、解放した。
柊は茂木に「脅迫状のことを聞くために、もう一度、誠一と会う必要があるな」と言った。
「そうですね」と茂木が頷くと、「で、どう見る。今度の事件?」とまた、聞いて来た。
プライドの高い柊が意見を求めてくるなんて、滅多にないことだ。
「八田親子の名前がなかったりしたので、東城誠一が作成したリストを自分なりに修正してみました。現時点で、十二名の容疑者がいることになります」そう言って、茂木は手帳を開いて柊に見せた。
東城誠一~秋香の夫。
佐藤晴彦~秘書。実家が東城グループに買収。
古市卓巳~妻が雑誌記者。秋香のスクープを狙っていたが行方不明。
八田美鈴・甚大~八田正剛の妻と息子。正剛の愛人が秋香。
石田正春~八田正剛と秋香の間の子供。
関口忠明・真奈~正春の二番目の里親。幼児虐待容疑で里親をクビになる。
近田翔子~秋香の異父妹。秋香を羨んでいた?
金井明~秋香の高校時代の教師。セクハラ疑惑で高校をクビになる。
堀口久典~秋香の幼馴染。東城グループ元社員。公金横領で会社をクビ。
飯塚茉莉~競争相手会社社長の娘。父親が首吊り自殺。呪い谷に不在。
「ほ、ほう~よくまとまっているな」
「ありがとうございます。ここから、東城社長の経済力に寄生して生きているような人間を排除してみました。彼らは東城社長に生きていてもらわなければ困ると思いますので――」
「なるほどな」
×東城誠一~秋香の夫。
×佐藤晴彦~秘書。実家が東城グループに買収。
古市卓巳~妻が雑誌記者。秋香のスクープを狙っていたが行方不明。
×八田美鈴・甚大~八田正剛の妻と息子。正剛の愛人が秋香。
×石田正春~八田正剛と秋香の間の子供。
×関口忠明・真奈~正春の二番目の里親。幼児虐待容疑で里親をクビになる。
近田翔子~秋香の異父妹。秋香を羨んでいた?
金井明~秋香の高校時代の教師。セクハラ疑惑で高校をクビになる。
堀口久典~秋香の幼馴染。東城グループ元社員。公金横領で会社をクビ。
飯塚茉莉~競争相手会社社長の娘。父親が首吊り自殺。呪い谷に不在。
「ただ、この内、東城誠一と石田正春は東城社長が亡くなったことにより、莫大な遺産を相続することになります。東城社長が死んで、最も利益を得る人間だと言えます」
「そうなると、容疑者リストから除外できるのは、佐藤晴彦、八田親子、関口夫婦の五名か・・・意外に容疑者が減らないな。まだ七名もいる」
「そうですね。ただ――」茂木が言葉を切って考え込む。「ただ、何だ!?」と柊があおってきた。
「すいません。ただ、密室の謎が解ければ、自ずと犯人が絞られて来るのではないかと思っただけです。どうやって犯人は寝室を密室にしたのでしょうか?」
何となく触れるのを避けてきた問題だ。
茂木は密室の謎を解くことが、犯人解明の鍵となると考えていたが、柊は軽く考えているようだ。案の定、「なんだ、そんなことを気にしているのか」と言いだした。
「所詮は人が考えたものだ。解けないはずはない」と柊は言う。
茂木は(そうかなぁ? 一流のマジシャンが考えたマジックのタネは、柊さんでも見抜けないと思うけどなあ~)と思いながらも口には出さず、「どうやって密室にしたのでしょうか?」と重ねて聞いてみた。
「ふん。そんなもの・・・部屋の中から鍵をかけて、窓から逃げ出したんだよ。見たろ、あの洋館。壁に色々、飾りがあって、二階から壁を伝って、下に降りることができる」
「遺体発見時、窓は内側から鍵がかかっていました」
「そうだったっけ? じゃあ、紐か糸を使って、廊下からドアの鍵を回したんだ。見たろ、あの鍵。内側から回せば鍵がかかるタイプだった」
「ドアの隙間を確かめましたが、紐や糸が通るような隙間はありませんでした。山の中で冬は冷えますから、隙間風対策なのでしょう」
「そうだったっけ? じゃあ、合鍵だ。犯人は合鍵を使って、部屋に鍵をかけたんだ」
「合鍵はひとつだけで、それもまとめてキーボックスに保管されていました。キーボックスの鍵は家政婦の飯島さんが保管していて、事件当夜は、誰も合鍵を持ち出すことができませんでした」
「ふん。そこが間違っているんだ。合鍵が他に無かったと、どうして断言できるんだ。合鍵なんて簡単に作ることができる。犯人は事前に寝室の鍵を持ち出して、合鍵を作っておいたに決まっている」
「家政婦の飯島さんが共犯だと言うことでしょうか?」
「そうとも限らん。何か口実をつけて、あの家政婦からキーボックスの鍵を借りて、こっそり寝室の鍵の型を取っておけば良い」
「なるほど。飯島さんに確認してみなければなりませんね」
茂木の言葉を聞いて、柊は「ふん」と得意そうに鼻を鳴らした。
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