第1話 同居初日の社内風景


軟柔しなやくん、引っ越しするんだ?」


 七月下旬、某日。

 所属する総務課の一角で俺は自身の居住地届けの変更処理をしていた。


 美亜田みあだに誘われて3日後となる今日。

 既に主要な荷物は新居へ運びこんである。


 と言っても衣類の他に持って行ったのは折り畳み式の簡易ベッドとデスクトップパソコン一式(デスクとチェア含む)だけ。


 何か必要なものがあれば都度取りに帰ればいいし、家電一式は美亜田みあだの物を使わせてもらうことになっているからおそらく生活に困ることはないだろう。

 

 まあなんにせよ。

 今日の仕事終わりをもって、美亜田天響みあだてぃなとのルームシェアがスタートする手筈だ。 


「ねえ。どこに引っ越したの? もしかして会社の近く?」


 コロ付き椅子に腰かけ俺の手元書類を覗き込んでくるのは姫野亜沙乃ひめのあさのさん。


 3個上の先輩。

 そして俺のメンターでもある彼女はそのほがらかな性格から他部署との交友も広く、皆から亜沙乃あさのさんと親しまれているバイリンガルの才女だ。

 

 覗き込まれた拍子になんとも言えぬ良い香りが鼻先を掠め、ちらと横目に見遣るとそこにはスラっと鼻筋の通った涼しげな美人顔が。

 興味深げに目をまたたかせる彼女の盛られた睫毛がハタハタと揺らめいている。


 ナチュラルっぽく見えるもののしっかりとメイクはされていて、それが逆に大人っぽさを漂わせまた良い。


「最寄り駅は同じですよ。駅の近くに引っ越したんです」


 彼女に住所メモを手渡すと処理を進める。

 要らなくなった駐輪場の費用は交通費から差し引いて、と。


 総務課だから自分で処理できるのはメリットだ。

 もし自宅に戻ってもまた戻せばいいだけだし。


 と、隣で亜沙乃あさのさんが「ん?」と小首を傾げ、次いで手に持つスマートフォンを俺にかざしてきた。


 どうやら住所から検索を掛けたらしい。


軟柔しなやくん。ここ、ファミリー向けのマンションなんだけど」


「はい。そうですよ」


「そうですよって。どうして? え。もしかして……。結婚? 結婚するの?!」


「はっ?! って、そんなわけないじゃないですかっ。ちょっと訳あって高校で部活が同じだった奴と同居することになっただけです」


 あたふたと弁明をすると、亜沙乃あさのさんの表情が納得の表情それに変わる。


「あぁ、そういうこと。びっくりするじゃない」


 ほら見ろ。びっくりされたじゃないか。


軟柔しなやくんって、たしか野球部だったわよね?」


 そう言うと亜沙乃あさのさんが俺の肩にポンポンと触れてくる。

 どうやら彼女の中で野球部イコール肩が堅いというイメージがあるらしい。


 同棲じゃないとはいえ、女性と同居するなんて言ったらまた面倒な展開になるんだろうなぁ。


 ここは黙っておくのが吉か。

 そう思い「はい」とだけ答えたのだけど。


 次の瞬間には、なぜか亜沙乃あさのさんの座るコロ付き椅子が俺の椅子それにコツとぶつかっていた。


「ね、今度遊びに行ってもいい?」


 耳元で囁かれ、


「は?? だ、駄目ですよっ。急に何言い出すんですか?!」


 と慌てふためいていると救いの神が現れる。


「姫野さーん。軟柔しなやくんが困ってるよぉ」

 

 課長が昼食から戻ってきたらしい。

 奥さん第一で有名な課長は背が低いのとその柔らかな雰囲気も相まり、社内からマスコット的な人気を誇っている。


 すると一方の亜沙乃あさのさんは唇に人差し指をチョンと添えながら、可愛らしく小首を傾げた。


「そうなの? 軟柔しなやくん」


「まあ……はい。そうです、ね」


 いい匂いがするし。脳がやられそうだし。もっとやって欲しいし。


「そっかごめん。難しいな。メンター」


 え。今のがメンター?

 逆にメンタルブレイクさせるのが目的かと思ってました。


「姫野さんと軟柔しなやくん。君たちもお昼に行っておいで。そうだ姫野さん、彼を例の蕎麦屋に連れてってあげてよ。今日は僕が出すから」


「いいんですか課長? やった。行こ、軟柔しなやくん」


「でも。課長が一人になっちゃいますよ」


 本来総務課には4人いるが、今日は病欠で1人休みだ。

 

 結局その後、課長の優しい笑顔に送り出されることに。申し訳無さ半分、俺もお言葉に甘えさせてもらうことにした。


 場所は変わり、近くの蕎麦屋。


 つるっとしたのどごし。

 噛めば噛むほど口いっぱいに広がる香りと風味。

 控えめに言って最高だ。


「さっきはごめんね。軟柔しなやくんって真面目だし、なーんかからかいたくなっちゃうのよねぇ」


 良かった。からかってる自覚はあったんだな。


「で? どんな子なの?」


 正面に座る亜沙乃あさのさんがズイっと身を乗り出してくる。

 その拍子で強調されたボリューム感のある胸に嫌が奥にも視線が引き寄せられてしまう。


 大きさだけなら美亜田みあだも負けてはいない。

 でも健康わがままボディの美亜田みあだと比べ、亜沙乃あさのさんは全体的にスリムだから余計に出るとこが目立つというか。


 って、見てると思われたらマズいな。

 同時に気恥ずかしくもあった俺はフイと目を逸らした。


「あとこうやって反応が初心うぶなとこも可愛いし」


 そう言うとクスっと笑う亜沙乃あさのさん。


 ほんと、余裕のある歳上女性はこれだから困る。

 もっとやって欲しいものだ。


 それはともかくとして。

 同居人が女性だってこと。まだ言わない方がいいよな。


 別にバレて困ることも無い。

 けど敢えて言うことでもない気がするし。


 まあさすがに亜沙乃あさのさんがうちに来ることはないとして。

 とはいえ今後の人生においてそういう展開が絶対に無いとも言い切れないわけで。


 そうだな。

 この件はまた美亜田みあだに相談してみることにしよう。


 


********************

企画用作品のため、一旦ここまでとなります(文字数制限の兼ね合いですみません)。

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一定の評価やフォローを頂けそうでしたら企画が終了する9/13以降に連載を開始させていただく予定です。



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「リベンジしてみない?」 高校を卒業して5年。久しぶりに再会した当時の野球部マネージャー、美亜田天響の選んだ球種がまさかの魔球だった件 若菜未来 @wakanamirai

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