第一話 青

 世界の光が当たらないこの場所でカツカツという音が、ろうそくの優しい光に満ち溢れる大理石の廊下に響いている。

 廊下は永遠と続いているようで、端が見えない。彼女の髪は長い白髪で青色の線がいくつか入っており、顔立ちはある程度整っている。瞳は青く、無表情だ。女性の身でありながら軍服を着ており、腰には剣を携えている。

 窓の外は暗く、満月が昇っている。素晴らしい景色だが、彼女は見向きもしない。何か他のことを考えているようだ。

 しばらく歩いていると、扉が表れた。彼女はその扉の前でひとつ、二つと深呼吸をすると扉を開け、中に入った。

 中は思ったよりも小さく、奥に机とその横に本棚があるだけだった。本棚には辞書や歴史書などのほかに、よくわからない本がぎっちりつまっている。

 机には、40~50代と思われる男性が、書類に羽ペンを走らせている。誰かが自分の部屋に入ってきたのに気づいたらしく、少し顔を上げた後また書類に顔を落とした。まるで何もなかったかのようだ。

 「父上、お話があります。」

 彼女が父親を見据えながら言った。そんな彼を、彼女は見つめたまま、一時間が過ぎたところで、やっと顔を上げた。

「何の用だ、私は忙しい。手短に話せ。」

 彼がしゃべると、いやでも大きなとがった牙が目に入る。

「私を魔族の勇者として旅に出させてください。私が…私が人間の治める都市国家を崩壊させます。」

「崩壊させる?たった一人で人間の国をか?はっ、特に武術にも魔術にもたけているわけでもないお前が、国家に手を出すだと?笑わせるな。お前の目的はあの役立たずたちの敵討ちだろ?その中には私も含まれているだろうに。それになぜこの私が旅費を払わねばならんのだ?それに第一お前、女だろ。女に何ができる。」

 一つの間もなく彼は言い返した。

 「女」まっとうに上を目指して生きていくうえで、これ以上の障害はないと思う。

 彼女は今までその障害に何度もぶつかってきた。それでもあきらめずに行けたのは、敵討ちという大きな意思があったからだ。かといって、彼女は一国家に対抗できるほどの力を持っているかといえば、そうではない。彼の言うとおり、彼女は特別武術や魔術たけてはおらず、無謀な挑戦である。だからこそ、彼女はできるだけ自分に有利な状況から始めたいのだ。ただ彼女は自分の父が、一度決めたことは変えることはないと知っているので、彼女は、脅すような形で出るしかない。

「後悔するぞ」

 彼女が手を剣にかざしながら威圧的に言う。

「どうでもいいから出て行ってくれ、仕事がはかどらないのでな。」

 彼は見上げることもなく、羽ペンを走らせている。

 脅しでもやはりだめか。彼女はそう思うと踵を返し、すぐさま部屋を出て行った。

 唸るよう音で扉を閉じ、小走りでその場を離れていく。外は少しずつ日が昇ってきており、負荷霧が見えるようになってきた。そのまま大きな玄関に向かい扉を開け、アーチをくぐり、深い霧の中へと急ぐようにして消えていった。何も持たず、ただ、腰に一つの剣と、不屈の魂を携えて。


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第一章 第一幕 「レイチェル・ラーディクスの物語」より F.D @a3ndajf54f

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