第5話 こっくりさんに振り回される話 (後編)
「ここか…確かに異様な空間だな…まるでこの神社だけ外の空間から隔離されているような…」
「とりあえず入ってみましょう」
依頼者である白崎早菜の友人、美奈が神隠しにあったという神社に着いた私たちは早速鳥居をくぐり中に入ってみることにした。そこは一見普通の神社なのだが、わかる人にはわかる人ならざる者の気配が漂っている。
「…ところで、白崎は本当に来てよかったのか?」
「はい、私の友達ですから。私が助けないと。」
白崎の目にはその決意が現れていた。
「でもここ、わらしあんま好きじゃない…目が回るくらい複雑な結界が張られてるよ?早菜ちゃんにはわからないだろうけど、ここはすごく危ないの。」
「うん。でも、みなちゃんは絶対に私が迎えに行ってあげないといけないの。」
「そうなの?…わかった。じゃあ、そろそろ怨念結界に入ろうか。方法は簡単だよ?本人に案内してもらえばいいだけだから。」
そう言うと座敷童は社の前に立ち、甲高い声で叫んだ。
「こっくりさんこっくりさん!あなたはだーれ!」
「え!?それって禁句なんじゃ…」
座敷童の発言に対して、白崎はぎょっとした表情を浮かべる。
「そうだよ?だから言ったんじゃない。ほら、みんなも早く言って!」
私たちは座敷童にせかされ、あなたは誰?という禁断の質問をする羽目になった。しばらく待っているとどこからか突然シャラン…という鈴の音が聞こえてきた。そしてそれに続いて女性のような声が聞こえてきた。
「いいでしょう・・・そんなに知りたければ、教えて差し上げますわ!」
その声に私たちは身構えた。次の瞬間、凄まじい轟音と共に社の扉が吹き飛び、中から悍ましい妖狐が姿を現した。黒い毛に巨大な体、巨大な尻尾、巨大な牙、青白く燃える目、どこからどう見ても化け物である。
「ひっ…!」
「なるほどな。物理的な干渉はもう当たり前なわけだ。…気をつけろ、怨念領域に入るぞ!」
次の瞬間、神社の周囲には黒い帳が降ろされ、無数の人魂と燃え滾る地面が現れた。恐らくもうすでにこっくりさんの怨念領域に入っているのだろう。
「…あっ!あれ、みなちゃん!」
白崎が目をやる方を見ると、そこには白いセーラー服を着た少女が倒れこんでいた。白崎はそれに吸い寄せられるかのようにして駆け寄る。
「みなちゃん…!みなちゃん…!…あっ!」
白崎が必死に呼びかけると、少女はゆっくりと目を開けた。
「…さな…?どうして…ここに?」
「友達だもん…助けに来るに決まってるでしょ?」
「えっ、でもあの狐の化け物は、みんな私のことを忘れてるって…」
「うん、確かに忘れてた。みんな忘れてるよ。でもさ、私がみなちゃんのこと忘れるわけないじゃん。『マブダチ』…そうでしょ?」
白崎は恥ずかしそうにそう言った。…マブダチ…また辞書を引かなくてはいけない言葉が増えた…
「そうだね…私が言ったんだった…私がそう呼ぶたび恥ずかしがってたあんたが、その言葉を口にするとはね…絶対、生きて帰るよ!」
「ふふふ…あなたたちがここから出ることはできない。あなたたちは全員ここで燃やされて骨になるのです。ほら、あんなふうに…」
こっくりさんが指さす方には、無数の人骨と思わしきものが積み重なって山になっているものが見えた。中にはまだ骨になって間もないであろう白くきれいなものもある。
「私たち、あんなふうになっちゃうのかな…」
「大丈夫だよ。ああならないように頼りになる人たち…いや人じゃないけど…を連れてきたの。きっと大丈夫。あの人たちはきっと強い」
「…覚、あの二人、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫でしょう。私、悟りました。あの二人にはとても強い絆が宿っているようです。考えていることもまるで同じ、まさに一心同体というものですね。怨念に打ち勝つには負の感情の反対、正の感情が必要です。彼女たちにはそれが十分備わっていますから、あとはそれを生かせるように術を施すだけです」
そういうと覚は彼女たちの周囲に結界を張った。
「これで大丈夫です。彼女たちの正の感情が続く限り、彼女たちに危害が及ぶことはありません」
「…よし、やるぞ」
私は妖力を体中にみなぎらせる。しかし精神的にはこっくりさんの異常な圧に耐えるので精いっぱいである。
「ゲンヨウさん、一応言っておきますが、今回は生身での戦闘になりますからね。…すみません。人体への影響を考慮すると、無防備な状態でこの間の学校以上に妖力が強い神社に放置するのはどうかと思いまして」
「問題ない。私を誰だと思っている。さっさと終わらせるぞ」
「愚かですね。高々あなたのような人間如きが、私を倒せるわけがないでしょう。…少し大人しくしてもらいましょうか。
こっくりさんは周囲に浮遊している人魂を自身の元へ集め、巨大で高温な青白い炎にして私たちを飲み込んできた。
「わらしに任せて!
座敷童は襲い掛かる炎に向けて手を振りかざした。すると炎は一瞬にして宙へと消え去った。
「何をしたんだ?」
「領域内に漂う妖力に対して正反対の妖力をぶつけたの。こうすればいくらここが相手の主戦場だからって対消滅を起こして無効化出来るんだから」
「そんなことが出来るのか…」
「だから言いましたでしょう?わらしちゃんは領域支配のスペシャリストなんだって」
なぜか覚は自分の手柄のように誇り高ぶっている。最近知った写真というものがあればこの表情を残しておきたいものだ。
「…なぜだ…なぜこんな小娘にこんな芸当が…私の能力をこうもすぐに解析できるとは驚いた……ええい!ならば物量で押し切るまで!これっぽっちで私の妖力を読み切ったと思うなよ!」
こっくりさんはやけくそになって先ほどよりもはるかに多い量の人魂を集め、自身の手の中で巨大な火の玉を作り始めた。しかし座敷童は表情一つ変えずに前に出た。
「こっくりさん。あなたは自分の力に絶対の自信があるみたいだけど…それは大きな誤算だよ?わらしとあなたじゃ妖魔としてこの世に存在してきた年が違う。つまり、妖魔としての格が違う。見せてあげる…『格の違い』ってやつ」
「…
こっくりさんは炎を振りまき、私たちの周りに巨大な魔法陣を作り出した。そしてそれが今にも爆発しそうになった時、陣の中で妖力を迸らせていた座敷童は小さく足を踏み鳴らした。
「
次の瞬間、魔法陣は爆発し辺りは青白い炎に包まれたが、それは一瞬にして消え去った。そして気付けば神社の外には青い空が広がっていた。座敷童が怨念領域ごと妖術を相殺したのである。そしてよく見ると元々神社の周りに張られていた結界も解けているようだった。
「ばっ、馬鹿な…そんなはずは…こんな小娘に私が負けるなんて…」
「小娘小娘ってさっきからうるさいんだけど。わらしが誰か知らないの?どんな家にでも富と不幸を呼び寄せる座敷童だよ?」
すると、先ほどまで馬鹿にしたような態度をとっていたこっくりさんは突然顔を青ざめさせ慌てふためき始めた。
「なっ!ざっ、座敷童ですって!?そんな、私、座敷童と…」
「覚、今のうちに」
「よく見てください、ゲンヨウさん。わらしちゃんが精神的ショックを与えてくれたおかげでもう元に戻ってますよ。」
よく見ると、確かにこっくりさんの姿は先ほどまでの凶悪な姿からは打って変わって、狐の耳と尻尾をはやし和服を着た容姿端麗な少女の姿になっていた。喋り方がこの間本で読んだ「お嬢様口調」なるものなのは若干気になるが。
「あわわわわ……えっと、私、なんだか皆さんに迷惑をおかけしたようですわね…あれ、ついさっきまでのことなのにうまく思い出せませんわ」
そう言ってこっくりさんは首をかしげる。
「こっくりさん。お前は今まで将門の怨念に支配されていたんだ。暴走したお前を倒すのに座敷童がいなかったらどうなっていたか…」
「そうだったんですね…本当にご迷惑をおかけしました。そうですわ、あなたたちのお名前をお聞きしても?」
「私はゲンヨウ。わけあって今は人間になっている元妖怪だ。で、こいつは覚。俺たちは将門の怨念から妖魔たちを解放することを目的としている」
「へぇー…ところで、同じ志を共にしているということは、皆さんのチーム名的なものもあるんですの?」
「チーム名?ああ、組織の名前みたいな…そういえば決めてなかったな。」
「あ、チーム名ならわらし決めてる。」
座敷童は自信に満ちた表情で私の方を見た。
「それはねぇ…『
「妖魔解放戦線…か。まあいいだろう。それよりなんで私が大将なんだ」
「だってたいしょー様はたいしょーじゃない」
「そうか…そうなのか?…まあ、そうか…」
「まあとにかくその辺はどうでもいいですわ。妖魔解放戦線…心にとどめておきますわね。それと…」
こっくりさんは白崎と美奈の元へ近づいていく。
「あなたたちも、なんだか悪かったわね。関係のないことに巻き込んでしまったみたいで」
「えっ、いや、別に私たちも気にしてないから。確かに、試合に出れなかったのは残念だけど…悪いのは全部、その…さっきから言う、将門?のせいなんでしょ?」
「それでも、私はあなたたちに危害を加えてしまった。本当に申し訳なかったわ。」
こっくりさんは深々と彼女たちに頭を下げた。それに対して白崎と美奈は気にしていないといった素振りを見せていた。どうやら和解出来たようだ。
「それじゃあ、私たちも帰りましょうか。今日はわらしちゃんが大活躍だったので何でも好きな物作ってあげます!」
「うーん…イナゴの佃煮?」
「それは俺が食べたくないから却下だぞ…じゃあ、こっくりさん、またいつか」
「はい、またいつか。次は召喚してくれてもいいんですよ?」
私たちは和気あいあいとしながらこっくりさんに別れを告げ、帰路につこうとした。しかしその時、突如上空に鋭い妖気の気配を感じた。間違いない、この気配はこっくりさんを狙っている。
「…!こっくりさん!避けろ!」
私はこっくりさんに避けるよう促したが、もう遅すぎた。次の瞬間、空から飛んできたそれはこっくりさんの胸を貫き、その傷口からこっくりさんを石に変えてしまった。
「なんだ…!」
上空を見ると、そこには一人の男が宙に浮いて私たちを見下すような眼で見降ろしていた。この男は何者なのか、なぜこっくりさんを石に変えたのか、いろいろな疑問や感情が同時にやってきて処理が追い付かないが、一つだけ言えることがある。
(こいつは…生かしておいてはいけない…)
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