第12話 フルコン空手vs我流格闘術 6

 私は、この試合をセッティングした一人として、せっかく西南大学まで足を運んでもらったにも拘らず、ほとんどいいところを見せられずに終わったA君の面子をほんの少し立ててやりたくなりました。O君に倒されて惨めな姿を晒してしまった彼自身も、その場にいた多くの見物人に自分の空手パーフォーマンスを見せたいようでした。で、この試合を見物に来ていた人の中に、和道流空手二段のE君と言う知り合いがいたので、彼に攻め役をやってもらい、それをA君に受けてもらうと言う臨時のパーフォーマンスを提案しました。


 E君は、身長168㎝で瘦せ型の人です。フルコンルールでの自由組手だったら、OKしてくれなかったでしょうが、自分が反撃される心配は無いと分かったので、A君の引き立て役を引き受けてくれました。私にいきなり無茶ブリされて、多少は面食らっている様子でしたが・・・


 今回は、真剣勝負ではなく、一種のエキジビションマッチです。A君は、E君が放つ前蹴りや回し蹴りを、所謂「龍変の構え」で見事に捌いて行きます。A君の構えは、どっしりしていて安定感があるモノでした。これは、私も見ていてさすがだと思いました。ただ、上段突きに対しては、些か守りが甘いように見えました。



後に、このエキジビションマッチの感想をE君に尋ねたところ、E君は、


「中段の周辺は、守りが固い感じだったね。ただ、顔は、本気で突いて行ったら、突きが入りそうだったよ。」


と教えてくれました。これは、当然でしょうね。フルコンルールでは、顔面への攻撃は禁じられていますから、禁じ手に対する防御は、当然甘くなりがちです。



 試合後、みんな一緒に下のウエイトトレーニング室に戻って来ました。O君は、腹の虫がおさまらなかったのか、消化不良のまま終わった交流試合の鬱憤を晴らすように、サンドバッグに自己流の回し蹴りを何発も放っていました。


 それを見たA君は、


「お宅の蹴り、なってないですね。良かったら、僕が指導して上げますよ。」


とYさんとの交流後にYさんに言っていた事と同様の事を言い放ちました。O君に圧勝した後に言うのなら、まだしも、あれだけやられといて、よく言うよって感じですが、彼としては、惨めに倒されて袈裟固めをかけられた事で潰された面子を何とか取り戻したかったんでしょうね。私は、この期に及んで、まだそれをやるか?さっき少し面子を取り戻させてやったじゃないかと思いましたが、何も言いませんでした。


 A君が空手の理屈をO君に押し付けて、「ホントは、俺の方が強いんだ。俺の方が、実力は上なんだ。」と主張したい気持ちは分かりますが、ハッキリ言って、この主張には無理があります。現に、A君は、O君を回し蹴りでノックアウトし切れずに、O君に倒されて袈裟固めに持ち込まれてます。その厳粛な事実は、彼が何をどう言おうと変わりません。


 A君に「蹴りがなってない」と言われたO君は、


「俺の蹴りは、戦いの流れの中で自然に出るもんだから、蹴りを専門に練習しようとは思わないね。」


と答えました。O君の格闘に関するコンセプトは、要するにどんな手段を使っても、勝てばいいと言う考え方です。自然な格闘の流れの中で、蹴れる場面が来れば蹴るし、殴れる場面が来れば殴るし、タックルするべき場面が来ればタックルで相手を倒すと言うことでしょう。普段から蹴り技に磨きをかけて、何が何でも蹴りで相手をノックアウトしてやろうと言う考えに固執しているA君には、理解できない考え方です。



 O君の言葉を聞いたA君は、


「流れの中でとか、そういうこっちゃなくて・・・」


とブツブツ言ってましたが、結局、それ以上は何も言わなくなり、気付かないうちにいなくなっていました。もう、誰も、彼に注目していなかったからです。(つづく)





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