第11話 フルコン空手vs我流格闘術 5

 バタバタ動いているA君の両足をO君は強引に右側に払いのけ、そのまま柔道の袈裟固めのような技をA君に掛けていきます。頭を抱え込まれて何も出来なくなったA君は、私に向かって「おーい。これは何ですか。止めさせて下さい。」と言います。私は「どうぞ。そのまま続けて下さい。」と言います。A君は「こんなのは、オープントーナメントのルールにはない。この人にオープントーナメントのルールを説明せんですか。」と命令口調で私に抗議してきます。

 

 「なるほど一理ある。」と判断した私は、袈裟固めをしているO君をA君から引き離します。O君は、かなりエキサイトしていて「どうして、今やめないかんとや?」と博多弁で怒鳴り始めます。O君に、「オープントーナメントでは、顔面パンチや倒れた人への攻撃は禁じられている」と私が説明すると、せっかくのチャンスを奪われた彼は、かなり激昂して、「オープントーナメントやら、俺が知るか!これは空手の試合やなかろうもん!」と私に食って掛かって来ます。


 床から起き上がって来たA君は、


「寝技でなんか試合できませんよ。柔道なんか知らんし。」


と誰に言うともなく言ってから、O君に向き直り、


「あなたみたいにウェイトトレーニングで筋肉を鍛えて、うちの流派に挑戦して来る人はいる。でも、そんな人でも試合に出る時は、こっちのルールに従うんですよ。もし、一切ルール無しでやるんなら、こっちも、あなたがタックルしてきた時に、最初から正拳突きを顔面に叩き込みます。そんなことをすれば、試合じゃなくて殺し合いになるんですよ。」


と言い返します。


 この時のA君のコメントは、明らかに的外れです。クラウチングスタイルでタックルして来る人の顔面に正拳突きを叩き込むことは、出来ません。上から下に向って拳を突き出すことになるので、髪の生え際にある頭蓋骨の中で一番固い部分(=前頭部)に拳が当たって指を骨折する事になるからです。


 それに、そもそも、O君は、自分からタックルをしかけていってA君を倒したわけじゃありません。ただ、立ち技勝負の途中で、回し蹴りを顔に喰らって倒れながらも、必死でA君に武者ぶり付いていっただけの話です。本来、A君の土俵であるはずの立ち技勝負の最中に倒されてるわけですから、彼の主張は、聞き苦しい言い訳にしか聞こえませんでした。


 フルコン空手は、A君が所属していた流派も含めて、自ら「実戦空手」と名乗ってるところが多いですが、実戦って言うのは、一切のルール無しの闘いの事です。ルールの中でしか通じない空手なら、最初から「スポーツ空手」と名乗るべきでしょう。試合中心に発展して来たせいで、当時のフルコン空手は、その謳い文句とは裏腹に非実戦的な空手に変質してしまっていたようです。(※今は、長年の異種格闘技戦を通じて、フルコン空手も進化し、当時指摘されていた欠陥も、かなり改善されつつあるようです。)


 後に、私が和道流の道場に入門した際に、先生から、


「古式の空手には、本来、上段蹴りはありません。上段を蹴ると、体当たりされたり、抱き着かれたりして、倒されるからです。」


と言われたことがあります。先生の仰る通りです。実戦のあらゆる場面を想定して技を組み立ててこそ、真の武道空手を創り上げる事ができるのです。もちろん、道場内での組手稽古の中で、上段を蹴って来る人への対処法を学ぶ必要はありますが、それは、また別の話です。



 A君の「クレーム」を聞いたO君は、


「極真とやった時は、問題なかったんだ。なんでこんな面倒なことになるとや?」


と言い、更に私を指差し


「お前がいかんちぇ。ちゃんと事前にこういうことを俺たちに言わんかったちゃけん。」


と私に文句を言い始めます。確かに、「ルールはこれでいいのか?」という直観の声が聞こえていたのに、それに注意を向けなかったのは、私のミスでした。この試合の1週間ほど前、A君の友人と言う人から私の自宅に電話が入って、


「ルールは、どうしますか?」


と尋ねられていたんですが、その時、その人とルールをどうするかについて詳しく話さなかったんですね。また、O君とも、その事を話し合っていませんでした。


 もっとも、この時、試合のルールについて事前にキチンと話し合っていれば、折り合いがつかず、この試合の話は流れて、この興味深い人間ドラマが生まれる事は、なかったでしょう。O君は、オープントーナメントのルールを受け入れなかったでしょうし、A君も、タックルや寝技ありのルールを受け入れなかったはずですから。

 

 結局、この試合をこれ以上続けるのは危険だとそこにいた全員が判断したので、両サイドに後味の悪い思いだけを残してこの試合は中止になりました。(つづく)

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