第7話 フルコン空手vs我流格闘術 1
ここで、私の幼馴染、O君の話をさせて頂きたいと思います。O君は、農家の生まれで、幼い頃から農作業を手伝ってきたせいでしょうか、とても頑丈な体をしていました。高校の頃から腕立て伏せやエクスパンダー・ダンパーなどの器具を使ったトレーニングで岩のような肉体を作り上げました。大学に入学してからは、本格的なウェイトトレーニングに取り組み、更に体が大きくなりました。
彼が如何に腕力があったのかを示す凄いエピソードがあります。私とO君の共通の友人で、F君という人がいました。もう時効になったことなので、発表しますが、F君のお父上は警察官でした。お父上が非番の日に、F君は、お父上の手錠を借りてよく遊んでいました。ある日、O君がF君の家に遊びに行った時、いつも自分の力自慢をするO君をからかうために、F君は、O君が油断している隙にO君の両手首に手錠をかけて、からかうように「いくらあんたが力が強くても、これは外せないだろう?」と言ったのです。
すると、O君は、「俺は、必ず外してみせる」と叫んで、野獣のような唸り声を発しながら床を転げ回り始めます。彼の腕や肩の筋肉は見る見る膨れ上がり、血管が浮き上がります。彼が床を転げ回り始めてから、5分くらい経った頃、ガキッと言う金属音が聞こえ、手錠は、完全に千切れてしまいます。F君は、「かなり慌てた」と後で言っていました。お父上に見つかるとマズいので、ペンチで手錠を元に戻したそうです。
さて、このO君、ただ筋肉を大きくするだけでは飽き足らず、格闘技にも興味を持ち始め、格闘技の訓練を始めます。ただ、正規のトレーニングを受けたわけではなく、ボクシングやプロレス、更にはブルース・リーの映画などを参考にして、我流で大学のトレーニング室にあるサンドバッグを叩いたり、蹴ったり、あるいはサンドバッグを抱えて腰投げの練習をしたりしていました。
時々、私も相手をさせられましたが、いくら体力があると言っても、所詮素人です。実際に付け入る隙は、沢山ありました。しかし、実際に当てれば怪我をさせてしまうので、寸止めで彼の隙に蹴りや突きを入れるのですが、彼は、それが分からず、いきなり力任せに叩いたり、蹴ったりしてきます。勿論、彼は、寸止めなどの手加減は一切しません。随分彼に叩かれたり、蹴っ飛ばされたりして、閉口しました。
そんなある日のこと、彼が極真空手の黒帯と試合がしたいと言い出しました。私は、「危ないから止めた方がいい」と彼に忠告しましたが、自分の体力と格闘力を過信している彼は耳を貸しません。ちょうどその頃、友人の知り合いに一人極真空手の初段の人がいました。彼に他流試合の件を打診したところ、意外にもアッサリとOKしてくれました。彼と連絡を取り、私とO君の母校西南大に来てもらうことになりました。
私の友人に連れられて、極真空手初段のK君が、西南大の体育館にやって来ました。K君は、身長173㎝くらいで、上半身はそれほど大きくありませんが、恐ろしく発達した大臀筋と大腿筋をしていました。初対面の印象は、「さすがに鍛えているな」というものでした。
我々は、母校の体育館の一番上にある少林寺拳法と合気道の道場に移動しました。K君は道着に着替え、O君は着ていたジャケットを脱ぎ、履いていた革靴を運動靴に履き替えて身軽になりました。
私は、二人の間に入り、手刀を上から下に振り下ろして、
「始め!」
と試合開始の号令をかけました。
二人は、少林寺拳法の板間で握手を交わし、構えました。O君は、ボクサーのように構え、K君は、極真空手独特の両手刀を顔の近くに置いた構えをとります。
どう見ても、構えの完成度は、明らかにK君の方が上でした。このままぶつかると不利だと悟ったO君は、いきなり跳びすさり、モハメッド・アリのようにピョンピョン跳びながらK君の周囲を回り始めます。
K君は、自分の周囲を回り始めたO君に向き直りながら少しずつ間合いを詰めて行きます。そして、二人の間合いが限度まできた時、二人が同時に回し蹴りを放ちます。バシッと言う骨と骨がぶつかり合う音がして、お互いの足の甲がお互いの肘の部分に当たります。二人は、素早く離れます。正規の訓練を受けているK君はともかく、本能的な判断で間合いを切ったO君も大したもんです。ただ、私にはK君が少し遠慮して蹴ったように見えました。
O君は、また例のアリダンスを始めます。K君は、極真空手の構えを取りジリジリと間合いを詰めていきます。そして、また二人の間合いが近接した瞬間、二人は同時に飛び上がります。二人の蹴りが空中で交差し、O君の我流のフライング・サイドキックがK君の構えの上に先に当たり、K君の体は、Lの字状になりながら吹き飛びます。
※アリダンス: リング内をダンスのステップを踏むように動き回るモハメッドアリ独特の華麗なフットワーク
K君は、地面に尻餅を着きながら、落下します。O君は、両足で着地し、またボクシングもどきの構えを取ります。交流試合としての形は一応ついたと判断した私は、
「もうこれで、止めにしよう」
と二人に言いました。K君は、交流試合ということをよく弁えてくれていて、手加減(足加減?)してくれていますが、これ以上やり続ければ、彼も、本気でO君の急所を狙い始める可能性があり、危険だと直観的に思ったからです。
交流試合が終わり、二人は、握手しました。O君の岩のように固い肘で受けられたK君の足の甲は、真っ赤に腫上がっていましたが、それ以外は、二人ともこれといった怪我はしていなかったので、緊張しながら試合を見守っていた私は、ホッとしました。
O君は、まだ授業があったので先に帰りました。私は、着替えを済ませたK君と少し話をしました。「今日は、わざわざ来てくれて有難う。あいつが、どうしても極真空手の黒帯と試合がしたいと言ったんで、君に頼んだんだけど・・・」と私が言うと、K君は、笑いながら「今日のは、あくまで個人的な交流だということにしてくれ。先生に、この事がばれるとマズイんで、あの人にも口止めしといてくれ。これは、空手の試合でも喧嘩でもないんで、俺は、随分手加減してやってたんだけど、あの人は、分かってないみたいだね。あの人は、素人だね。隙だらけだったよ。喧嘩だったら、こっちも回転後ろ蹴りのような必殺技を使ってたよ。」と私が感じていた事をそのまま言葉にしてくれました。
今でも、彼には本当に悪いことをしたと思っています。
この交流は、O君に自分の格闘力に対する過信を抱かせることになりました。そして、この後、物語は、私が全く予想していなかった展開を見せることになります。(つづく)
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