第54話 空手奪刀 3
さて、Y君との稽古です。稽古中に素手でナイフを捌く事の危険性に話が及んだので、ゴム製の短刀でY君に素手で刃物を捌けるものかどうかを実体験してもらいました。その結果、Y君は、何度か私に「斬られる」事になりました。
Y君は、少林寺拳法・空手・スポーツチャンバラ・太気拳の経験者なので、容易に斬らせてくれませんでしたが、それでも模擬ドスで何度か、手や腕、そして肩などを斬ることは出来ました。しかし、「刺す」ことは、最後まで叶いませんでした。Y君は、かなり古式の武道をやり込んでいるので、彼を刺して致命傷を負わせることは、かなり難しいようです。
実戦だったら、多分、何度も斬りつけて傷を負わせ出血多量でフラフラにさせてからでないと、古式の空手や拳法の経験者を刺して、深手を負わせる事は、難しいと思います。向こうが、相打ち覚悟で命を捨てて突き蹴りを入れて来たら、刃物を持っている方も、無傷では済まなくなるからです。
一頻り、Y君に斬りつけた後で、Y君が、私に、
「鷹野さんも、やってみて下さいよ。」
と言ったので、久しぶりに対ナイフの自由組手をやってみました。私たちの場合は、Youtubeの動画のようにグチャグチャにはなりませんでした。
お互い突きや蹴りの威力が半端じゃないと分かっているし、Y君は、私が何かしかけて来たら、私の腕の内側を斬ろうと待ち構えていたので、こちらからも、不用意には仕掛けられなかったからです。私は、刃物相手に戦って死にかけた経験があるので、Y君が持っているドスが本物でないとは到底思えませんでした。かなりの緊張感です。
結局、Y君のナイフ術と私の空手拳法の対決は、お互いに間合いの測り合いだけで終わってしまいました。ここで、私の剛柔流空手の師匠だった上原先生のご経験を思い出しました。先生は、中洲の橋の上で、ナイフを持った男と対決した際に、咄嗟に着ていたジャンパーを脱いで、それを腕に巻き付けて戦ったと仰ってました。
で、今度は、ジャンパーを右前腕に巻き付けて、疑似ドスを持ったY君と組んでみました。(私は右利きなので、本来は、左前腕にジャンパーを巻き付けて戦うべきでしたが、その時は、そこまで頭が回りませんでした。)暫く、間合いの取り合いをした後、一瞬、右上腕をドスで切られましたが、衣服の上からだったので、実戦でもそこまで深手は負わなかったでしょう。こう言う点は、季節によって、戦闘条件が変わってくるのかもしれません。
この直後に、ジャンパーを巻いた右前腕で彼の斬りつけて来た右腕を受けて、Y君の顔面に蹴りを放とうとしましたが、本気で蹴りを出すと彼の顎に蹴りが入りそうだったので、途中で止めました。それでも、Y君は蹴りの姿勢を取った私の勢いに押され後ろに転倒しました。もし、この時、私が本気で蹴っていれば、Y君は、大ケガを負う事になったでしょう。Y君自身も、蹴りが飛んで来そうなのを感じたので、バランスを崩して後ろに倒れたと言っていました。
次に、ベルトを抜いてヌンチャクや鞭の代用品として、ベルトを使いながら戦ってみました。こちらは、最初から勝負にならない感じでした。ベルトを抜いてそれを構えている私の方が、間合いを長く取れたからです。
最後に、もう一度、素手でナイフに対処できるかどうかを別の条件で試してみました。今度は、中国拳法の秘伝の間合いの詰め方と見様見真似の本部御殿手(モトブ・ウドゥンディー)の歩み足を併用して、間合いを詰めて行きました。そういう風に間合いを詰めて行くと、かなり勝手が違うようで、Y君が慌てて疑似ドスで突いて来たので、ドスを握った彼の右手首を小さな動きの「擺蓮脚(はいれんきゃく)」で蹴ることが出来ました。彼の手首を傷めたくはなかったので、軽く当てる程度にとどめましたが、本気で蹴っていれば、彼の持っていたドスは、私が蹴った方向に飛んで行ったでしょう。
後で、彼に感想を尋ねたところ、
「あんな風に間合いに入って来られたら、自分が刃物を持っていても、『やられる!』と感じちゃいますね。」
と言っていました。この方面に関しては、まだ研究不足なので、これから色々試行錯誤しながら、考察を深めたいと願っています。
※本部御殿手:
取手(関節技)を含む沖縄空手諸流派の動きを総合し、そこに日本本土の剣術や居合術、及び居合返しの理合いと琉球舞踊の動きを採り入れた琉球王家の秘伝武術。空手とは、その戦闘理論と技術が、全く異なる武術である。
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