第53話 空手奪刀 2
思わず、若気の至りによる失敗談を語ってしまいました。話を、稽古の事に戻します。ナイフやドスなどの短い刃物に対する防御法をNさんにお教えしようと思い立ったのは、Nさんがナイフを喉元に突きつけられる夢をご覧になり、
「実際にナイフを突きつけられたら、どうすればいいですか?」
と私にお尋ねになったからです。喉元にナイフを突きつけられた場合は、静かに話をして、相手を落ち着かせるしかありません。ヘタに動くと、相手に喉を切り裂かれてしまうからです。一番安全なのは、最初から相手にナイフを取り出させない事です。私の兄弟子は、懐にしまっているナイフを取り出そうとした人の腕を静かに両手で押さえて、
「何なさるんですか?怖いなあ。」(^^)
と言って、微笑んだそうです。こうされてしまったら、今度は、相手の方が動けなくなります。無理にナイフを懐から取り出そうとすれば、関節技を掛けられて抑え込まれてしまうからです。武術の技術を知らなくても、相手は何もできません。本能的に、「これは、マズい!」と悟るからです。
喉元にナイフを突きつけられるのではなく、離れた位置からのナイフによる攻撃だったら、助かる確率も上がります。私は、Nさんに上から切り付けられるパターンと腹を突かれるパターンでの対処法を教えました。対処法と言っても、これを覚えれば絶対助かるという技術は存在しません。助かる可能性が、少し高くなるかなという程度のものでしかありません。
私が、弟子たちに「武器を持った相手とは、絶対に素手で戦うな!」といつも口を酸っぱくして教えるのは、自分自身の恐怖体験のせいもあるんですが、もう一つ別の理由があります。
それは、自分がナイフやドスを手に持っていたら、たとえ相手が刃物への対処法を学んでいても、相手を切ったり、刺したりする自信があるからです。「敵を知り、己を知らば百選危うからず」という孫氏の兵法に倣って、上記の経験以降、琉球古武道だけでなく、様々なナイフ術も学びました。「空手奪刀(くうしゅだっとう)」とは、素手で相手が持っている刃物を奪い取るという意味ですが、ナイフの使い方に習熟すればするほど、「空手奪刀」は、物理的に不可能だと考えるようになりました。
Youtubeなどで、ナイフを構えている人と素手の人との格闘をたまに目にする事がありますが、大抵の場合は、グチャグチャになっています。現実は、あんなもんでしょうね。
ここで、武道や格闘技を修行なさっている読者の皆様方へ、一言申し上げたいと思います。
死にたくなかったら、刃物を持っている通り魔や暴漢とは絶対に素手で戦わない事でください。そんな事をなされば、大ケガを負われたり、命を落とされたりするのがオチだからです。実際、私自身の体にも、何ヶ所かドスや長ドスによる刺し傷や切り傷が残っています。私が素手で刃物を相手にして死ななかったのは、単に運が良かっただけの話です。
出来れば、戦わずにお逃げになって下さい。「三十六計逃げるにしかず」です。逃げる事は、恥ではありません。親からもらったかけがえのない命を守るための尊い行為です。極真会館出身の空手家、ニコラス・ぺタス氏も、「ナイフに対する護身術を習った事はありますけど、道で刃物を持ってる人に襲われたら、走って逃げますよ。」と仰ってました。
止むを得ず戦わねばならない場合は、必ず何かをお持ちになって、身を守られてください。椅子でも、雑誌でも、何でも構いません。雑誌は、丸めると棍棒代わりに使えます。突いても、叩いても、かなりの威力を発揮します。ともかく、何かを手に持って、戦われてください。
私は、刃物を持っている人を素手で制圧できる「達人の境地」を目指して修行に励んでいる人間ですが、それでも、その境地に到達するまでは、刃物を相手にして素手で闘おうとは思いません。何度も申し上げるようですが、まだ死にたくはないからです。(つづく)
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