第51話  Y君の思い出

 Y君は、私の大学時代の後輩です。彼は、大学で少林寺拳法部に所属していました。体育館で私たちが練習しているのを見て話しかけてきたのがキッカケで、一緒に練習するようになりました。久しぶりに彼の顔が頭に浮かんだので、彼との思い出を書いてみたくなりました。

 

 このY君、とても小柄な人でした。身長は、160センチ前後だったと思います。性格もおとなしく、優しい人でした。しかし、自分より遥かに大柄な相手の間合いにも、臆せず入り込んで突きを入れることのできるような豪胆な人でもありました。

 

 彼が大学を卒業して仕事をしていた時のことです。小柄でおとなしい性格だったこともあって、組みし易しと見られたのでしょう。職場である人から随分陰湿なイジメに遭ったそうです。初めは我慢していた彼でしたが、温厚な彼の堪忍袋の緒が切れる日がきます。

 

 あまりに酷いことを言われたので、とうとう彼は切れてしまったのです。カッとなった彼は、彼に向かって悪態をつき続ける男に向かって、拳法の構えを取りながら、ジリ、ジリッと間合いを詰めていきます。Y君の気迫に押された件の悪態男は、少しずつ後ずさりし始め、部屋の壁に背中がぶつかります。そして、そのままズルズルと下にしゃがみ込んだ男は、Y君の両脚に抱きつき、哀れな声で「話し合おう。」と言います。そのことがあってから、Y君は、その人には虐められることはなくなったそうです。


 このお話は、あまり人に没義道(もぎどう)なことばかりしていると怖い目に遭うということと、普段優しい人が怒ると、とても怖いものだということを教えています。


 


 このY君には、お姉さんがいました。このお姉さんが妊娠なさってご実家に帰っていらっしゃった時、Y君は、よく家の裏庭で拳法の構えや歩法の練習をしていたそうです。変な格好をして拳法の練習をしていたY君を見てお姉さんは、


「あんた、私の目の前で、あんまり変なことせんといてよ。私は、お腹に子供がおるっちゃけん、胎教に悪いやない。」


とおっしゃったそうです。

 

 それから暫くしてお姉さんは、元気な女の子を出産なさいます。この女の子の名前は、そうですねー、仮に恵美ちゃんと呼ぶことにしましょう。この恵美ちゃん、とても元気な女の子で、男の子のように活発です。お腹に入っているときに、お母さんが弟の拳法の練習を目にしていたせいでしょうか。やたらに蹴ってくるそうです。ある時、Y君が畳の上に寝ていた恵美ちゃんに、「おーい、恵美ー」と言って上から手を出すと、恵美ちゃんは、「オイちゃんの顔を蹴ってやるー!」と言いながら、下から両足でY君の顔を蹴って来たそうです。さながら、蟷螂拳(とうろうけん)の穿弓腿(せんきゅうたい)のようです。


  ある日、恵美ちゃんは、家族と一緒に車の助手席に乗って出掛けます。そして、車が、走行中に急停止します。シートベルトを着用していなかった恵美ちゃんは、助手席から前に飛び出し、「ゴツン!」という物凄い異音とともに頭をしたたかにフロントグラスにぶつけてしまいます。産まれてから一度も産声以外の泣き声を上げたことのなかった恵美ちゃんですが、この時は、さすがに泣くだろうと皆思ったそうです。ところが・・・。


 フロントグラスからゆっくり頭を離した恵美ちゃんは、頭を手の平で抑えながらニッコリ笑って、こう言います。


「ア?! ちょっとー、痛かったかな?」(*^_^*)


 人間って、面白いですね。



 次回は、帰国後に再び一緒に稽古することになったY君と行った対武器の訓練について、少し怖いお話を交えて、3回に分けてお話しさせていただきます。では、次のエピソード「空手奪刀」でお会いしましょう。

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