第45話 Stop trying to hit her & hit her ! 3
ある晩、いつものように、喫茶店で武道に関する話に花を咲かせていると、D君が、
「一つ質問してもいいですか?」
と言うので、
「なんだい?言ってみろよ」
と私が言うと、
「実は剣道部で乱捕りの稽古をしている時に、身長150cmくらいの女性の先輩にしょっちゅう打たれるんですよ。一度に五,六本は取られます。リターンマッチで、どうしても先輩から一本取りたいんです。どんな練習をすれば、いいんでしょうか?」
と尋ねてきました。
実際に彼が竹刀を持って動いているところを見てみないと、何とも答えようが無かったので、週末に喫茶店近くの公園で彼に自分の竹刀を振ってもらいました。
さすがに長年色んな武道をやっていただけあって、下半身の安定性と形には問題はありませんでした。また、合気道で木剣の稽古を積んでいたおかげで、竹刀の振り方も、握りにやや問題があったものの全体的には悪くありませんでした。 乱取りで彼がどう動いているかも知りたかったので、私も、自分の竹刀を構えて、彼と組んでみました。
彼と竹刀を交えてみて、見えてきた彼の技術的な問題点は、以下の五点でした。
①乱捕り中、相手の竹刀を見てしまう癖があること
②相手の攻撃に対する実戦的な防御の方法を知らないこと
③相手に有利な位置を取らせてしまうこと
④危険な対敵位置にいるにも拘らず、足を止めてしまうこと
⑤実戦的な攻撃技を身に付けていないこと
精神的な問題点は、ただ一つでした。乱捕りの際中に余計な事ばかり考えていたのです。これは、中国拳法の秘伝を伝授し、瞑想を指導すれば、解決できる問題でした。
体力的な問題は、全くありませんでした。恐ろしく頑丈な体をしていたからです。
以上の分析結果を彼に伝え、やる気があるなら自分が教えてもいいと彼に伝えました。「是非お願いします」との返事だったので、天気のいい日は、喫茶店近くの公園で、雨の日は、彼が留学していた大学の体育館で指導を始めました。 しかし、指導を始めた時、彼にはもうあまり時間が残っていませんでした。帰国までわずか1ヶ月半しかなかったからです。剣道部員は、殆どの人が五年~十年選手です。一方、D君はと言えば、日本に来て二ヶ月稽古をやっただけです。
しかも、その二ヶ月分の成果も、あまり期待できませんでした。私が推測するに、上記の技術的な問題点は剣道部の先輩たちも、何度も注意したのだと思います。しかし、言葉の問題もあって、改善されないまま、二ヶ月が過ぎてしまったのでしょう。
一度は、「これは無理かもしれない」と思い、彼にそう伝えましたが、それでも挑戦したいと言う彼の熱意に負けて、駄目かもしれないけど、やれるだけの事はやってみようと思い直しました。彼にもハッキリと
「ほとんど勝てる見込みはないけど、一応挑戦してみると言うことでいいかね?」と尋ねました。答えは「イエス」でした。
それから、二人きりの秘密の特訓が始まりました。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます