第33話  Stop trying to hit her & hit her ! 1

 会社勤めを始めて15年近くが経ち、私は40代後半になっていました。今回は、成り行きで剣道を指導することになった一人のアメリカ人の弟子との思い出話を書いていきたいと思います。面倒臭いので彼の事は、以後D君と呼ぶことにします。D君は、身長187cm・体重90キロの堂々たる体格をしていました。


 彼は、小学校の時に空手を5年、高校の時に截拳道(ブルース・リ―の創始した武術)を3年、大学に入ってからは合気道を修行しました。日本の大学に留学してからは、剣道と合気道を大学の道場で日本人の部員に混じって稽古しておりました。ホントは空手部にも入りたかったらしいのですが、スケジュールが合わず、こちらの方は断念したとのことでした。

 


 性格はとても優しく、思いやりのある金髪碧眼のハンサムなナイスガイです。当然、女性にかなりモテていましたが、彼の方は、一切女性には見向きもせず武道修行に邁進しておりました。ある時私が、

「D君はカッコイイから、女の子にモテ過ぎて困ってるだろう?」

とからかうと、

「いえ、それが目的で日本に来たと思われたくないので、そういう事は意識的に避けています」

と言うではありませんか。日本に女の子と遊ぶためだけに来ているような欧米人ばかりが目に付くなか、彼の存在は、夏のそよ風のように爽やかなものでした。

 


 そんな彼ですが、第一印象は、あまりよくありませんでした。それは、彼がいつもナイフのように鋭い目つきをして周囲を警戒するように歩いていたからです。何故彼がそうしていたのか、知り合ってからずっと後になって分かりました。彼が、帰国する1ヶ月半ほど前から彼に稽古をつけるようになったのですが、稽古の時に実戦の心構えを教えるために、

「喧嘩(ストリートファイト)をした事があるか」

と彼に聞いたことがあります。その質問に彼が 、

“All the time!”(「しょっちゅうやってますよ」)

と答えた時は、かなり驚きました。彼の人柄を考えると、


「小学生の時に一、二度やったくらいです」

程度の答えが返ってくるものだと思っていたからです。


 彼によると、彼の出身地は物凄く物騒で、今でもギャング団が三つ巴で抗争を繰り返しており、10年前までは年間に約250人が殺人事件で亡くなっていたそうです。そんな物騒な町なので、普通に道を歩いていても、しょっちゅう喧嘩を売られると言うのです。D君曰く、「僕の方から、喧嘩を売ったことは一度もありませんが、向こうが仕掛けてくるので、身を守るためにいやでも戦わなくてはならないのです。」

とのことでした。また、学校でのイジメもかなり酷く、子供のころ小柄だった彼は、随分イジメられたそうです。彼がなぜ武道をあれ程熱心に修行していたかも、何故いつも周囲を警戒するような目つきで歩いていたかも、これで全てが判明したのです。

 


 実は、私も、小学校から中学校までイジメに遭っていたので武道を始めたのですが、ここまで切実な動機からではありませんでした。

 


 自分自身の防衛のために武道を始めた彼でしたが、大学に入る前後から単なる護身術ではない武道の精神性に気付き始め、大学入学後は、植芝盛平先生の「合気は愛なり」「我即宇宙」という哲学に惹かれ、合気道を始めたそうです。そして、

彼は、あこがれの日本に留学し、合気道と剣道の稽古を始め、私と出会います。

 


 彼と出会ったことで、本当に色々なことを深く考えさせられました。(つづく)

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