第32話  剣術と剣道

 道場を畳んだ後、暫くフリーターとして食いつなぎ、その後、ビル管理会社に警備員として就職しました。この仕事なら、武道の修行や語学学習に時間を割けると考えたからです。



 その会社に入った年に、柳生新陰流剣術の稽古も始めました。で、その道場で2年ほど学んで二段の免状をもらった頃、人事異動で剣道四段のNさんと仰る方と同じ職場で働くことになりました。二人とも、三度の飯より武道が好きな者同士、仕事の合間によく武道の話に花を咲かせていました


 せっかく剣道の有段者と同僚になったので、一度ちゃんと剣道を学びたかった私は、Nさんにお願いして、仕事が休みの日にNさんに剣道を習う事にしました。


 稽古を始めて、すぐにNさんから、注意されたのは、


「鷹野さん、その動きじゃあ、剣道の試合には勝てないんです。剣道は、『竹刀』道なんです。竹刀で対戦相手に一本入ったと審判が判断できるような打ち方や突き方をしないとダメなんです。鷹野さんのは、最初から、真剣で相手を斬ったり、突いたりする動きですもんね。」


と言う事でした。Nさんにそう指摘されて、嬉しかったですね。自分は、スポーツとしての竹刀剣道の動きじゃなくて、武道としての剣術の動きが身についてるって事ですから。

 

 とは言え、竹刀剣道のいい所も採り入れたかった私は、Nさんに

「私は、剣道の試合に出るつもりは全く無いので、試合で勝てなくてもいいんです。ただ、剣道の防具乱取りの技術の中から、実戦剣術に活かせる部分を学びたいだけなんですよ。そのおつもりで、ご指導いただけませんか?」

とお願いしました。


 Nさんは、暫く腕を組んで何かを考えてらっしゃいました。それから、おもむろに口を開かれて、

「分かりました。じゃあ、私にも少し剣術の型を教えて下さい。その上で、鷹野さんの剣術修行に役に立ちそうな技術をお教えしましょう。」

と仰ってくださいました。それから、二人で、剣術と剣道の技術的な違いから生じる問題を一つひとつ話し合って、解決しながら、稽古を続けました。いざ、稽古を始めてみると、確かに剣術と剣道の間には相違点が沢山ありましたが、意外に共通している部分も多い事に気づきました。


 例えば、古流剣術の面刺しや胴突き、或いは喉斬りや脚斬りなんかの技術は、剣道にはありません。しかし、剣道の抜き胴や引き小手なんかは、同様の技術が、古流剣術にも存在しています。また、剣道の「打ち落とし面」も、小野派一刀流の極意技「切り落とし」と同様の技術です。

 

 Nさんとお互いに技術的な調整を行いながら、私は、実戦剣術に活かせそうな剣道の応じ技や仕掛け技をNさんから、手取り足取り、ご指導いただきました。この時、Nさんから学んだ事は、その後の空手や拳法の修行にも大いに役に立つことになりました。それまで、どうしても解けなかった中国拳法の技術の秘密も、この時の稽古のおかげで解明することが出来ました。老師が仰っていた事も、「ああ、それで、あの時、老師がああ仰ってたのか!」と納得できるようにもなりました。


 Nさんとの稽古は、一年ほどで終わりを告げました。Nさんが、個人的なご都合で会社を辞められて、遠方にお引越しになったからです。


 最後に稽古した時、Nさんは、私に、

「鷹野さんの今の構えだったら、私は、もう何もできないですね。剣道の試合だったら、鷹野さんは勝てないと思いますけど、真剣を使う実戦だったら、それで充分身を守れるし、戦えると思います。」

と仰いました。武道修行者の私としては、それで充分満足でした。


 Nさんは、また、

「通常は、こんなに短期間に上達する事ってあり得ないんですよ。でも、鷹野さんの場合は、握りも振り方も出来てる上に、空手や拳法の鍛錬で腰が出来てらっしゃったんで、これだけ上達が早かったんだと思います。」

とも仰って下さいました。 


 Nさんのこのお言葉を聞いて、剣道五段の猛者だったバイト先の上司が、「結局、剣道の強さって、技術よりも、どれだけ胴造りが出来てるかなんだよね。」と言っていたのを思い出しました。


 この時、Nさんにご指導いただいたことは、今も深く感謝いたしております。



 次回は、アメリカ人留学生のD君と私の剣道にまつわるお話を5回に分けてお送りします。現在、剣道を稽古なさっている若い方々にぜひ読んでいただきたい爽やかな剣道青春物語です。では、次のエピソードでお会いしましょう。

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