第39話 不気味な対峙 2
二人は、互いの目を見詰め合ったまま微動だにしません。そこへ中年の男性が通りがかり、先輩の方に向かって、
「君たち、喧嘩は止めなさい」
と言います。先輩は、相手から目を離すことなく、
「あっち、あっちに、先にヤメるごと言うて下さい」
と言い返します。その男性も、諦めて行ってしまいます。
そして、二人は、どちらからともなく、ユックリと動き始めます。前へではありません。少しずつユックリと相手から目を離すことなく、実にユックリと後ろへ下がり始めます。そして、お互いの間合いの外へ完全に出た瞬間、二人は、スーッと振り返って、そのまま反対方向へ歩き始めたのです。
固唾を呑んで見守っていた二人の子分たちは、慌てて二人の後を追いかけます。そして、自分たちのボスにこう問いかけます。
「どうしてアイツをやっつけなかったんですか?あんな奴、〇〇さんなら簡単に勝てたでしょう?」
二人は、子分たちに異口同音にこう答えます。
「アイツの悪口を言うな。やってたら、こっちが、やられてたかも知れん。」
とお互いに相手を庇います。
この話には、後日談があります。この事件の一ヶ月くらい後、二人は、偶然にも天神で再会します。二人はお互いの姿を認めると、
「イヤー、久しぶりですねー。元気ですか?」
「うん、お蔭様で」
「よかったら、これから飲みに行きませんか?」
「ああ、いいですねー。行きましょう。」
とすっかり意気投合した二人は、先輩の行きつけの店に行って飲み始めます。以下、その時の二人の会話です。私が、先輩から聞いた話をそのままここに記載します。
「いやー、お宅は強いですねー。何かやってらっしゃるでしょう?」
「ちょっとね。いや、お宅こそ凄いよね。危うくこっちが、殺されるところでした。」
「いやいや、それは、こっちのセリフですよ。」
「あのまま、続けてたら、どっちかが、大怪我するか、死んでたかも知れませんね。」
「いや、どっちもかも知れませんよ。」
「相打ちになってたら、そうなってたかもしれません。」
「やっぱり、これからは、仲良くしないといけませんよね。」
「そうですよ。友達になったんですから、乾杯しませんか?」
「いいですね。乾杯!」「乾杯!」
それから、二人は親友になり、武術を使って喧嘩を売って回ることも、ピタッとヤメたそうです。みんな、大怪我したり、死んだりしたくないんです。そんなもんです。こういうところが、アクション映画と現実の違うところです。
このエピソードを教えてくれた空手の先輩は、
「あいつの構え、独特だったなあ。あれ、柔術じゃないかな?」
と言ってました。実は、先輩の喧嘩相手が使っていたのは、柔術ではなく、中国拳法だったんですが、その相手も、後日、
「あれ、糸東流(しとうりゅう)だったんじゃないかな?両手の指をこっちの急所に向けて構える。なんかヌメ―ッとしてて、気持ち悪いよね。」
と言ってました。お互い、相手が使っていた技術を勘違いしてたんですね。
なぜ私が先輩の対戦相手が言った事を知っているかと言うと、実は、この拳法使いの男性は、私が中国拳法を学んでいた時の兄弟子だったからです。最初に、拳法の先輩から、このエピソードを聞き、次に、和道流の先輩からも、同様のエピソードを聞いて、初めは、「よく似た話があるもんだな。」くらいにしか思ってなかったんです。ところが、・・・・・・
和道流の先輩が、このエピソードを一旦話し終えた後で、
「あいつは、こうして構えてたんだ。」
と言って、右の拳を真っ直ぐ突き出し、左の拳を右の脇腹に隠すような例の構えを見せてくれたんですね。それを見た私が、
「エッ?その構えは、・・・」
と気付いたことが、この奇妙な事実が判明するキッカケになりました。で、その後、拳法の先輩に、私が、
「ところで、先輩が道でケンカしそうになった相手は、どんな風に構えてたんですか?」
と尋ねると、先輩は、指先を敵の目や喉に向ける例の構えを見せてくれたんですね。それで、二人が話してくれた二つのエピソードが同じ話である事、そして、このエピソードの主人公二人が、二人とも、私の先輩であることが、判明したと言うわけです。どちらの構えも、私が普段よく目にしていた構えだったからです。
世間は、ホントに狭いです。
★次回は、人間が無意識状態になった時に自然に出てくる「無想」の動きについてのお話です。では、次のエピソード「無想拳」でお会いしましょう。
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