第38話 不気味な対峙 1
これは、53年前のお話です。私の先輩で和道流空手四段の人がいました。この人は、三度の飯より喧嘩が好きで、いつも6,7人の取り巻きを連れて天神(福岡市の中心街)や中洲(九州最大の歓楽街)界隈を練り歩き、目ぼしい餌食を見つけては、喧嘩を売って空手で相手を叩きのめすという豪傑でした。
そんな彼の破天荒な人生も、やがて終わりを告げることになります。ある日、彼がいつものように子分たちを連れて街中を歩いていると、向こうから同じような風体のグループが歩いて来ます。彼は、心の中で「よっしゃ、今日は、こいつらを俺の空手の餌食にしてやろう」と心の中で呟きます。二つのグループが、道の真ん中で出会います。
「おい、俺らが歩いてんだ。ちゃんと挨拶して道を空けろ!」
「なーに、ふざけた事ぬかしようか。お前らの方がのかんか!」
「よーし、喧嘩するか」
「よかよ。タイマン勝負たい。俺がタイマンはっちゃるけん、そっちも、頭ば出しやい。」
「ここは、人の多か。場所ば変えろう。」
「よかぜ。」
と言ったやり取りの後、先輩のグループと先方のグループは人通りの少ない場所に移動します。そして、向こうから、一人の男が出てきます。先輩は、
「お前が、そっちの頭か?」
と聞きます。相手は、
「ゴチャゴチャ言わんで、はよ(早く)かかってきやい!」
と言って前に出てきます。
先輩は、いつものように手を開いて右手を前に出し、左手を右手の脇に添えて構えます。ふと見ると、向こうも、右の拳をまっすぐ突き出し、左の拳を右の脇腹に隠すような妙な構えを取っています。しもうた!こいつも何かやりようばい と悟った先輩は、構えたまま顔が青ざめていきます。
武道をやっている者同士が、表でやりあえば、当然、急所の狙い合いになり、命のやり取りになってしまいます。向こうも、気持ちは同じだったようで、顔が青ざめているのがわかります。しかし、構えを取ってしまった以上、今さらヤメることはできません。構えを解いてしまえば、相手が攻撃して来た時に対処ができないからです。
二人は、対峙したまま一歩も動けなくなり、不気味なほどに静かな時間だけが、ユックリと流れて行きます。(つづく)
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