第37話  電光石火

 福岡市の中央区に長浜というところがあります。鮮魚市場のある活気に溢れた港町です。この鮮魚市場の西門前に有名な長浜ラーメンの屋台がズラッと15軒ほど並んでいます。この長浜ラーメンは、一般の博多ラーメンとはちょっと味が違います。福岡にいらっしゃる機会がある方は、是非一度お立ち寄り下さい。


 オッと、福岡広報大使みたいなことをやってしまいました。話を戻します。私が大学生だったころ、先輩たちと飲んでいて、途中で空腹になり「長浜にラーメンを食いに行こう」と言う話になりました。この時、一緒に飲んでいた先輩たちの中に剣道四段の方がいらっしゃいました。


 同期の友人でお酒を飲めない奴が一人いたので、彼の運転する車で長浜へ。屋台に入り、皆でラーメンをすすっていると、見るからに人相の悪い連中が5人入って来ました。「嫌だな~」と思って見ていると、彼らは先に座ってラーメンを食べていたお客さんの一人に「さっさと詰めんか!」と怒鳴ってその人の肩を小突いています。すると、私の左横に座っていた剣道四段の先輩が、


「おい、ヤー公、カタギに迷惑かけないのが任侠道じゃないのか?」


と鋭い眼差しで彼らを睨み付けながら言います。


 すると彼らの一人が、


「何や、キサン(貴様)、喧嘩売りようとか?」


と先輩のジャンパーの襟を掴みながら怒鳴り始めます。先輩は、襟を掴んでいるその手をゆっくりと振り払い、


「ここじゃ迷惑になるけん、表に出やい」


と落ち着き払った態度で言い返します。その日、少し雨模様だったため、持って来ていた折畳み傘を手に持ち、先輩は、ヤクザ屋さんたちと一緒に外へ出て行きます。その場にいた人は、みんな固唾を飲んで成り行きを見守っています。

 


 私はと言えば、あまり関わりになりたくなかったので、一人黙々とラーメンをすすっておりました。すると、後ろから人が争う音とともに「ウッ!ゲッ!オッ!」などと言う呻き声が聞こえてきます。突然静かになったので、私も、ラーメンを口に運んでいた手を休めて、後ろを振り返りました。見ると、5人とも奇麗にのびています。先輩は、私たちの方を振り返り、


「ここにジッとしているのは、マズい。帰るぞ!」


と言います。勿論、異論はありません。皆、慌てて勘定を済ませ、車に飛び乗りました。

 


 それにしても、なんという電光石火の早業だったことでしょうか!5人を伸ばすのに、ものの30秒も掛かっていません。私の見たところ、彼らの戦闘能力は決して低くはありませんでした。素人とは言え、いかにも喧嘩慣れしている感じだったからです。実際の格闘を見ていた友人から、後で聞いたところによると、先輩は、持っていた折り畳み傘で彼らのパンチやキックをはたき落としながら、眼にも止まらぬ速技で彼らの頚動脈を打っていったそうです。


 剣道の有段者が物を持つと、恐ろしい戦闘能力を発揮するものだという事をこの時初めて思い知りました。

 



 次は、空手・拳法編です。私の先輩にTさんとI さんという人がいました。Tさんは、元々糸東流空手を修行していた人で、沖縄に琉球古武道を習いに行くような研究熱心な方でした。I さんは、元自衛隊員で柔道と日本拳法の経験者で、身長191センチ、体重100キロの堂々とした体躯の持ち主でした。和道流空手の道場に通えなくなった後、暫く、この二人を含めた数人の武道経験者の先輩や後輩たちとともに同じ老師のもとで中国拳法を修行しておりました。因みに、この時、私たちが習っていた老師は、私が最初についた老師とは、別人です。

 


 この二人、根はいい人たちだったんですが、飲むとやたらに手を出す人達で、私も飲んでる最中、随分ブン殴られたり、蹴っ飛ばされたりして閉口したことを今でもよく覚えています。もっとも、最後の方はこちらも慣れてきて、「あ、来るな!」と思った瞬間には、先輩たちの突きや蹴りを受けられるようになっていました。私が上手に先輩たちの攻撃を受けると、「オッ、お前も成長したな。まあ、飲め飲め」とご機嫌になる愛すべき先輩たちでした。先輩たちのお陰で、お酒を飲んでる最中も油断しないことを覚えました。

 


 さて、この二人がある土曜日の夜、後輩を一人連れて、西日本最大の歓楽街と言われる中州に飲みに出掛けます。以後、その時、二人と行動をともにしていた後輩から聞いた話をここにそのまま記載します。三人は、フラッと入った店でビールを注文して飲み始めますが、ホステスのお姉さんたちが、ロクにサービスもせず、やたらに「私たちも飲んでいい?」などと聞くので、勘定を払ってすぐにその店を出ようとします。


 ところが、勘定書きを見た二人は激怒します。三人でビール二本とほんのちょっとツマミを頼んだにも拘らず、勘定書きには15万円と書かれていたからです。二人は、怒鳴り始めます。


「何だ、ここは?ボッタクリバーか?」


 蝶ネクタイを締めたウェイターが、


「お客さん、大人しく金払って出てった方が身のためだよ」


と薄ら笑いを浮かべながら言います。 

 

 Tさんが、


「そら、どういう意味か?」


とその店員に言うと、店の奥から人相の悪い連中が、12,3人ゾロゾロと出て来ます。

 


 後輩がマズイと思っていると、I さんが、


「お前は離れてろ。手、出すなよ」


と後輩に言います。後輩が立っていた場所から少し離れた瞬間、二人は、稲妻のような動きでその場にいた10人余りのヤクザをこれもやはり30秒ほどで床に転がしてしまいます。腹の虫が治まらない二人が、床に伸びた連中を馬乗りになってブン殴り始めたので、後輩は、二人を慌てて止めたそうです。


 突きも蹴りも見えないくらい速く、ヤーさんたちのパンチやキックが、スローモーションのようにゆっくりに見えたとその後輩が、後で話してくれました。私の推測ですが、アバラや鎖骨に二人の攻撃を受けた人は、折られていたと思います。

 


 この時のお二人の武勇伝はその後、仲間内で語り草となりました。あまりに二人が強かったため、件のウェイターが、大声で店の奥に隠れていたホステスたちに「警察を呼べ!」と叫んだと言うオマケつきのお話でした。そのヤクザ屋さんたちには、「道に外れたことばかりやっていると、いつかしっぺ返しが来るよ」と言ういい教訓になったかもしれません。

  

 


 以上、どんなに喧嘩慣れした人たちでも、本当の武道を修行した人たちのスピードにはついていけないというお話でした。

 

 と言っても、武道においては、スピードが全てだというわけではありません。どんなに速くても、タイミングが合わなければ、なんにもなりません。ここで、「和道流空手」のT先生がしてくれたお話を最後にご紹介して、この章の結びとさせて頂きます。

 


 昔、ある道場に物凄く速く動く男がいました。突きも、蹴りも、受けも、運足や体捌きも、眼にも止まらぬ速さです。ある日、一人の素人が、その道場に入門して来ました。

 


 そして、この件の動きの速い男とこの初心者の男が、組み手をします。初心者の男は、電光石火男の顔に突きを放ちます。電光石火男は、いつもの素早い動きでサッと相手の突きを受けます。しかし、相手の動きがあまりに遅かったため、受けが終わった後の彼の顔には、初心者のとてもとてもユックリとしたパンチが入ってしまいます。(^^)


 私は先生からこの話を聞いた瞬間、吹き出してゲラゲラと暫く笑いを止めることが出来ませんでした。これは笑い話ですが、深い真理を含んだ話でもあります。

 


 さっきも申し上げましたが、武道においては、スピードが全てではありません。宮本武蔵が五輪書で述べているように、タイミングが合えばいいのです。


 かと言って、蝶々が止まるようなスローな突き蹴りをしていいというわけではありません。高段者のゆっくりに見える突きと初心者のスローな突きとでは、見た目は同じように見えても、その質が全然違います。前者は、間合い・呼吸の取り方・心の使い方などを極めた末に初めて可能になる名人芸なのに対して、後者は、練習不足、もしくは間違った練習の仕方のせいで、単に技がナマクラなだけなのです。

 


 スピードとタイミング。この分野においても、バランス感覚が要求されるということでしょう。



★次回は、私が偶然知ることになった空手家と拳法家の物凄い対決話を2回に分けてお送りいたします。。では、次のエピソード「不気味な対峙」で、お会いしましょう。

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