第24話  白鶴拳 5 「組手の決着」

 私は、


「まだ、和道流の基本すら、身についていませんから、組み手は勘弁して下さい。」


と言いましたが、S五段は諦めません。一度断られたくらいで引き下がるようでは、営業の仕事なんか出来ません。S五段は、


「いや、鷹野君のように背の高い人との組み手を研究したいんだよ。頼むよ。」


と食い下がってこられます。

 


 準備はしていたものの、やはりS五段と組みたくない私は、


「そういうことなら、背の高い黒帯の方と練習なさって下さい。僕くらいの身長の人は、沢山いますよ。それに僕は、まだ白帯ですから。」


と再度断ります。

 


 S五段は、


「鷹野君は、それだけ回し蹴りが自由に使えるんだ。よそで相当やってたんだろ?頼むよ。」


と更に食い下がってこられます。

 


 私は、


「そうおっしゃられても・・・。第一、先生が、お許しになりませんよ。」


と申し上げましたが、S五段は、


「そこを何とか頼むよ。鷹野君、いや、鷹野さん、是非、お願いします。」


と10歳以上年下の私に敬語まで使われて、お辞儀をなさいます。


 ほとほと困り果てた私は、救いを求めるように先生のお顔を見ますが、先生も、「仕方がないなー」といった感じで苦笑いなさっています。結局、組み手をやらなくては収まりがつかないようです。

 


 私は、腹を括りました。特訓の成果を信じ、自分を信じてベストを尽くすだけです。

 


 先生の審判の下、二人は、礼をして構えました。S五段は、右足を前に出した例の横構え、私は、右足を鶴のように高く上げ、両手を自然に開いて胸の前で構えます。

 


 二、三秒の睨み合いの後、いきなりS五段が、私の後ろ足の膝関節に向かって足刀蹴りを放って来ます。私は、練習した通りに彼の脛の外側を足刀で蹴り落とします。練習の時と違っていたのは、彼がそれ以上は攻撃を続行しようとはせず素早く後退したことです。しかし、最初の組み手の時とは違って、今回はちゃんと彼の関節蹴りを防ぐことが出来ました。

 


 S五段は、間合いの外で、また例の構えを取っています。私は、「よし!いいぞ!その調子で、また蹴って来い。目に物見せてやる。」と自分の内側から闘志が沸々と湧いて来るのを感じました。案の定、彼はまた同じように蹴って来て、また脛の外側を蹴り落とされ、素早く後退します。

 


 この調子で、あと一・二度失敗すれば、攻撃心の強いS五段のことです。必ず、関節蹴りの後で、手技を出して来るはずです。その時が、絶好のチャンスです。

 


 ところが、ここで思わぬ邪魔が入りました。それは、審判をなさっていた、他ならぬT先生です。


 先生は、間合いの開いた二人の間に入って来られて、


「こんな風に足を高く上げている人はいます。こういう人には・・・」


とおっしゃりながら、左足を前に出し、左拳を左膝の上方に置き、右拳を左眉のやや上に翳した空手独特の構えを取られます。所謂「弓張りの構え」です。先生は、この構えのまま、ジリジリと私に迫られ、左小手の外側で私の右足の脛を押さえ込まれながら


「・・・こうやって、上げている脚を押さえていきます。」


とおっしゃってS五段に組み手の指導をなさいます。



 S五段は、今、先生に習ったばかりの構えで、先生と同じように私の右脛を押さえ込んで来ます。

 


 これで、練習した事は、全部パーになってしまいました。私は、「あー、先生、余計なことをー(T_T)。」と恨めしい気持ちになりましたが、こうなったら、一か八か、即興でこの構えを崩していくしかありません。

 


 この構えを前にして、直観的に思ったのは、この状態で間合いを詰められるのは、非常にマズイということでした。向こうは二本足、こちらは一本足です。この状態でぶつかり合えば、間違いなくこちらが、ぶっ飛ばされます。手遅れにならないうちに、こちらから、攻撃を仕掛けなければなりません。


 私は、彼の顔の前の空間に捨て蹴りを放つことにしました。


※捨て蹴り=初めから、有効性がないと分かっていて放つ蹴り。試合の流れを変えるために使うもので、野球で言えば、犠牲打のようなもの。


 S五段の顔の前に回し蹴りを放ち、彼がそれに対処するために何らかのアクションを起こせば、弓張りの構えは崩れます。そこへ、受けの構えを取りながら体全体で一気に間合いに入っていく積もりでした。その後のことは、自分を信じて運を天に任せるしかありません。

 


 それだけの事を一瞬で決断した私は、右の回し蹴りをS五段の顔の前面に放ちました。しかし、その瞬間、私が全く予想していなかった事が起こりました。急に間合いを詰めて来たS五段の顔面に、「グシュッ」と言う嫌な音がして、私の中足(足指の付け根)の回し蹴りがヒットしてしまったのです。S五段は、口を押さえながら、蹲ります。私は、思わず「アッ!」と小さな叫び声を上げ、間合いを一旦切ってから、「大丈夫ですか?」と彼に声を掛けます。彼は、立ち上がって「格闘技なんだから、このくらい当たり前だ。もう一本いこう。」と言いました。


 再び、二人は、同じ構えを取り、対峙しました。S五段は、またジリジリと間合いを詰めて来ます。私は、ただジッと彼が間合いを詰めて来るのを待ちました。S五段が更に前進して来た瞬間、私は、再び中足による回し蹴りを放ちました。勿論、捨て蹴りです。ところが、また「グシュッ」と言う嫌な音がして、私の中足がS五段の口の横に当たってしまいました。彼は、また口を押えて蹲りました。


 私は、また「アッ!」と叫んで、間合いを切ってから、


「大丈夫ですか?」


とS五段に尋ねました。白帯の私に二度も蹴られた事が、納得いかなかったんでしょうね。彼は、


「まだまだ」


と言いましたが、先生が、


「Sさん、今日は、このくらいにしときましょう。」


とおっしゃって、Sさんを止めて下さいました。二人の組手は、これで決着がつきました。(つづく)



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