第33話 白鶴拳 4 「セールストーク」
久しぶりに、道場に行き、足の裏に感じる板間の心地よい冷たさを楽しみながら、稽古に励みました。勿論、S五段が私を組み手に誘わないように祈りながらです。
そして、自由練習の時間が来ました。私は、その日初めて習ったワンシューと言う型を一人で練習し始めました。一度目の練習が終わって、もう一度練習しようとしていると、S五段が近づいてきて、
「鷹野君、ちょっと俺を上段回し蹴りで蹴ってくれんかね。」
と言ってこられました。私は、
「背足(足の甲)で蹴りますか?それとも古式の空手らしく中足(足指の付け根)で蹴りますか?」
と聞きました。するとS五段は、
「どっちでもいいよ」
と答えて構えます。
私は、「足加減」しながら、右の背足で彼の頭の左側に向けて蹴りを出しました。するとS五段は、
「君、寸止めしてるだろう?武道なんだから、もっと本気で蹴ってくれ。」
と注文を付けて来られました。
「いいんですか?本当に蹴りますよ?」
と私が言うと、
「構わんから、蹴って来てくれ。」
とおっしゃいます。今度は、当てる積もりで思いっ切り蹴りました。S五段は、本気で出した私の蹴りを見事に受け止めます。
「もう一本」「今度は左も出してくれ」「もう一本」とその場で、連続して8回ほど回し蹴りを蹴らされました。
早く型の練習に戻りたかった私が、
「これくらいでいいですか?」
と聞くと、S五段はその程度の練習では物足りなかったらしく、
「ちょっと動きながら、蹴ってくれんかね?その場で受ける練習をしても、組み手の練習にはならんからな。それから、回し蹴りだけじゃなく、他の蹴りもどんどん出してくれ。」
とおっしゃり、軽いスパーリング形式の練習に私を誘います。私が、
「いいですけど、組み手は、やりませんよ。この間、Sさんにやられてコリゴリしましたから」
と言って牽制すると、S五段は、
「大丈夫。大丈夫。ちょっと上段蹴りに対する練習をするだけだから。」
とおっしゃいます。後で冷静になってよく考えてみたら、その時の私は、知らないうちに営業マンがよく使うセールストークのテクニックに引っ掛けられていたのです。
私は、「わかりました。」と答え、S五段の顔に向かって、回し蹴り・後ろ回し蹴り・飛び回し蹴り・足刀蹴り・回転後ろ蹴り・二段蹴り・旋風脚(中国拳法独特の蹴り)などを連続的に出していきました。次から次へと上段に向かって出していく私の蹴りをS五段は、ある時は弾き、ある時は滑らせ、ある時はよけて見事に防御していきます。さすがに五段だけのことはあります。私は、S五段の上段に向って連続的に蹴りを出しながらも、彼の動きの素晴らしさに見とれていました。
一頻りS五段の上段を蹴り続けた私は、切りのいいところで間合いを切ってから、
「これくらいでいいですか?」と言いました。すると、S五段は、
「鷹野君、ここまでやったんだから、ちょっと組み手をしようよ。」
と言い始めます。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます