第32話  白鶴拳 3 「特訓」

S五段に痛い目に遭わされた晩、私は帰宅してから、今後の戦略を立てることにしました。考えられる戦略は二つです。積極的に攻めて行くか、それとも待つかです。当時の私は、長身を活かした回し蹴り以外、これといった目ぼしい攻撃技を身につけていませんでした。構えや受けの技術をしっかりと確立している五段クラスの人に、たとえフェイントを使ったとしても、私の回し蹴りが入るとは到底思えません。私は、攻めて行くことを断念し、待ちに徹することにしました。

 

 以前、中国拳法の老師が、「どんな達人でも、攻撃の瞬間は隙ができる」とおっしゃっていたのを思い出したからです。

 

 私は、暫く道場には通わず、S五段対策の特訓に集中することに決め、また、具体的な戦術=戦闘技術については、翌日から実際に体を動かしながら考えることにしました。

 

 当時、私が住んでいたアパートにM君という大学時代の友人がいました。彼は、末永節(すえながみさお)先生が創始なさった少林拳法の有段者で、体格もS五段と同じくらいだったので練習相手としては打って付けの人材でした。彼に事情を話し協力を仰ぐと、返事はOKだったので、早速彼とS五段対策の練習を始めました。

 

 まず、彼にS五段の構え方と戦い方を教え、私を攻撃してもらいました。初め、私は猫足立ちで構えていましたが、これだと膝を上げて関節蹴りをブロックすることは出来ても、反撃するのに一テンポ遅れてしまうことがわかりました。



 私が膝を上げて関節蹴りをブロックするとM君は、素早く後退します。当然S五段も同じことをするでしょう。


 どうしていいか分からず途方に暮れている私に、M君は色々アドヴァイスしてくれました。彼とのディスカッションを通じて、最終的に考えついたのは、鶴のように足を高く上げて構えることでした。


  S五段の関節蹴りを同じ足刀で蹴り落とす戦法をとることにしたのです。実際にやってみると、キレイに相手の脛の外側を足刀で落とすことが出来れば、相手の脛の外側に当たった自分の足が跳ね返るので、その反動を利用してそのまま相手の中段を蹴れることが分かりました。


 関節蹴りを蹴り落とされると、もう一度蹴りを出すのが難しくなるので、対戦相手は、当然突くか打つかして来ます。手技で攻撃して来た相手の肋骨に、足刀か踵を入れようという作戦です。万一、相手がこちらの中段足刀蹴りを凌いだ時のことも考えて、蹴った後、受けの構えを取る練習もしました。

 

 もう一つ考えに入れておかなければならないパターンは、相手の関節蹴りを落とすつもりで踏み下ろした足刀蹴りが、相手の足の外側、つまり相手の背中側に落ちた場合です。この場合は、こちらの踏み下ろした脚の外側に相手の足が滑り落ちるので、こちらは相手の背中側に入ることが出来、相手はやや反り返った姿勢になることが判明しました。後に反り返った相手の背中を取ることが出来れば、後はこちらの意のままです。後ろから、相手の膝関節を蹴ることも、後ろ襟を取って引き落とし相手の首筋に手刀を落とすことも、更には相手の頭を後から両手で挟んで捻り倒すことも可能になります。



  私は、二週間、M君と二人で考えついたこれらのパターンを何度も練習しました。これでS五段対策は万全です。(・・・だと思いました。この時は・・・)

 

 自分の方からS五段に挑戦するつもりは毛頭ありませんでしたが、「備えあれば憂いなし」です。これで、また安心して道場に通い始めることが出来ます。(つづく)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る