第16話  自主練習 2

C先輩が、就職して下関に帰った翌年のことです。私は、既に大学を卒業していましたが、就職もせずに、道場経営をするための準備に勤しんでいました。


 そんなある夏の日に、C先輩が、下関から小学校の体育館に出稽古にやって来ました。先輩は、下関で少林流空手の道場に入門して、稽古に励んでいました。その道場も、防具付きの組手をやる流派だったので、剣道出身の先輩には合っていたようです。


 下関でかなり熱心に少林流空手を稽古していた先輩の動きは、見違えるようにスピーディーになっていました。さすがに、スピードが真骨頂である少林流空手を一年間修行しただけの事はあります。


 私も、防具を着用して、先輩の前蹴りを受けてみました。いや、正確に言うと、受けようとしたんですが、構えてから、いきなり、

「ヤ―ー!」

と言いながら、放たれた先輩の前蹴りは、あまりに速過ぎて、受けることが出来ませんでした。

「ドン!」

と言う音と共に先輩の前蹴りが、私が着用していた胴に当たりました。  

 傍で見ていた友人は、それを見て、

「速い!」

と驚きの叫び声を上げました。胴を二枚重ねて着用し、その下に厚いバスタオルを入れていても、まるで鐘撞き棒で胴を突かれたような重い衝撃がありました。防具無しの素の状態では、絶対に喰らいたくない蹴りです。


 もっとも、やられっ放しの私ではありませんでした。やられたら、やられただけの分はヤリ返すのが、私の性分です。一分ほど、たった今自分の身に起きた事を顧みて対策を考えました。で、先輩に、

「なるほど、分かりました。もう一本、お願いします。」

と言って、構えました。

 すると、先輩は、また、

「ヤ――!」

と気合を入れて、中段右前蹴りを放ってきました。私は、素早く腰を落としながら、左前腕を内側から外側に向って小さく回しながら、その蹴りを受け流しました。脛骨の内側を体全体を使った受け技で流された先輩は、痛そうな顔をしていました。


 ウマく受けられたので、もう一度、練習したかった私は、先輩に再び蹴ってもらうように頼みましたが、先輩は、私の受け技を避けるようにして、蹴り脚を私の体の左側に放ちました。私が、笑いながら、

「どうして蹴らないんですか?」

と尋ねると、先輩は、

「痛いやないか。」(ーー;)

と言って、実にイヤそうな顔をしました。C先輩は、体はゴツイ人ですけど、ひどく痛がりな人なんだと言う事をこの時、初めて知りました。(^^)


 この日は、稽古を無事終えた後、遠方から訪ねて来た先輩を歓迎するために、皆で近くの居酒屋へ繰り出し、酒を酌み交わしながら楽しいひと時を過ごしました。


 中国拳法と剛柔流空手の下地があったC先輩は、その後、少林流空手の道場でめきめきと腕を上げ、順調に昇段し続けて師範代の地位にまで登り詰めました。


 私は、沖縄剛柔流空手や和道流空手、そして最初に学んだ中国拳法とは別門派の拳法を学んだ後、独立して、自分の道場を開くことになりました。



 次回は、私が3週間ほど山に籠って修行ていた時のお話をお送りします。では、次のエピソードでお会いしましょう。

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