第25話 自主練習 1
老師について拳法を学び始めた私たちですが、当時、C先輩以外にも、後輩や高校時代のクラスメイトなど、数人が、老師の指導を受けていました。老師より、「自分たちで色々工夫して、稽古に励むように」と言う指示を受けていた私たちは、時々、知り合いが勤めていた小学校の体育館を借りて自主練習に励んでいました。そんなある夏の日の事です。
C先輩との稽古中に、私が先輩を中足(足指の付け根)で蹴って、先輩がそれを受けた時に、私の足の爪で先輩の前腕の皮膚が、刃物で切ったようにスパッと切れて出血すると言う事故が起こりました。
これは、老師から、
「ホントは、夏でも長袖のシャツを着てないとダメなんだ。足の爪で皮膚が切れるからね。」
と言われていたにも拘らず、みんな半袖Tシャツで稽古していたために起きた事故です。このお話を老師から伺った時は、正直、
「そんな事が、ホントにあるんかいな?」
と疑問に思ってましたが、自分自身が自分の足の爪で先輩の皮膚を切ってしまったので、老師の教えを認めざるを得なくなりました。それ以降は、私たちは、夏でも長袖のTシャツを着用して稽古するようになりました。また、稽古前には、必ず手足の爪を切る習慣もつきました。
我々が、夏の稽古に励んでいた時、友人のM君が、我々の稽古を見学に来ました。M君は、大学の少林拳法部に在籍していた拳法初段の腕前です。「少林拳法」というのは、末永節(すえながみさお)先生が大陸で学ばれた中国拳法に福岡に伝わる杖術や柔術の理合いを採り入れられて創始なさった独特の拳法流派です。名前が似ているので、よく「日本少林寺拳法」と間違えられますが、少林寺拳法とは全く違うスタイルの拳法です。
M君は、ただ見学に来ただけだったんですが、成り行きで彼にも稽古の相手をしてもらう事になりました。少林拳法は、グローヴと胴を着用し、ガンガン乱取りをやる流派です。技の理合いと言うよりも、どちらかと言うと、動物的な戦闘本能を発達させて、相手と組む人たちが多いんですね。
M君も、そうでした。身長は、165㎝で体重も60㎏弱だったので、決して大柄な人ではないんですが、こちらが油断すると、「テー―ショッ!」と少林拳法独特の気合を入れながら、鋭い中足蹴りを入れて来ます。私も、胴と面を着用して、彼と組んでみました。勿論、彼に怪我をさせたくはなかったので、M君には攻撃だけをやってもらいましたが、型が全然違うので、彼の攻撃技をどう捌いていいかが分からず、何発かいいキックをもらってしまいました。
それを傍で見ていたC先輩が、自分もM君の攻撃を受けてみたいと言い始めました。で、二人が組んだんですが、C先輩も、M君の攻撃には、苦戦していました。何とか、先輩は、彼の放った前蹴りを前腕でジャストミートして受け落としたんですが、受けた直後に先輩の前腕の一部が、プク―ッと膨れ上がって直径3㎝ほどのコブができました。M君の重い前蹴りを受け流さずに、正面から受けてしまったので、こうなったんでしょう。それを見たM君は、
「それは、マズいんじゃないですか?大丈夫ですか?」
と心配してましたが、先輩は、
「全然痛くないんで、大丈夫だと思うよ。」
と答えていました。先輩の言葉通り、コブは、すぐに消えて行きました。
こういう瞬間的なコブを見たのは、その時が初めてじゃありませんでした。それ以前に、老師が太極拳サークルの会員だった後輩のK君の額をやや曲げた人差し指と中指で打たれた時、彼の額に瞬間的なコブが、二つ出来たのを見た事があります。その時も、コブは一瞬だけ現れて、すぐに消えてなくなりました。マンガみたいな現象ですが、古式の拳法をやっていると、こういう特異な現象にしばしば出会います。
このK君と二人で、老師の指導を受けた時のことです。その時、老師は、我々二人に、離れた状態で対峙させ、全く当たらない突きや蹴りを放つ稽古を指導なさいました。
まず、私がK君に向かって、突きや蹴りを放ちます。K君は、その突きや蹴りに反応せずにジッと立っているようにと指示されました。それから、私にK君に向って、間合いを詰めて行くようにと仰いました。すると、彼は、気圧されたように後ろに下がります。
老師は、
「今、鷹野君が、気の勝負で勝ったんだ。当たらない突きや蹴りでも、それを相手が受け流さないと、相手は気を削がれた状態になるんで、弱くなるんだよ。」
と仰いました。で、今度は、離れた状態で、もう一度私がK君に向って当たらない突きと蹴りを放ち、K君が、それを受ける動作をするようにと指示なさいました。すると、私が間合いを詰めて行っても、K君は、私に気圧される事もなく、逆に前に出て来ました。
自分たち自身で経験しておきながら、たった今自分たちの身に起きた事が、信じられませんでした。役割を変えて、同じことをやってみましたが、やはり、当たらない蹴りや突きを受けない私が、K君に気圧され、受けると二人の気のレベルは、同等に戻りました。
驚いたK君が、
「そんなマンガみたいな。」
と言うと、老師は、
「これが、精神作用の為せる業だよ。古式の拳法って言うのは、マンガや小説の世界に登場するような武道なんだ。」
と答えられました。
私は、老師が中国に帰国なさった後に、入門した和道流空手の道場でも、同様の事を目にした事があります。ある晩、数人で先生の指導を受けていた時、私の横に立っていた先輩が、先生に向って正拳突きを放ちました。勿論、話しながら、離れた位置から放たれた正拳突きなので、先生にその突きが届く事は無いんですが、先生は、その瞬間、その拳からご自分に向って来る見えない延長線を前足を少しお引きになりながら、手の平で受け流されました。
これを目撃した時、老師の教えを思い出し、その後、自分が指導する時も、弟子が離れた位置から自分に向って、突き蹴りの動作をした時は、同様にその気を流すようになりました。
ちょっと話が、自主練から離れてしまいました。話を元に戻します。
M君の前蹴りで、C先輩の前腕に瞬間タンコブが出来た事件から、一週間後に、C先輩と私は、老師から、前に出ながら、敵が上段や中段に向って放って来る前蹴りを受け流す太極拳の実戦技術をご指導いただきました。
そして、まだ残暑厳しい晩夏のある日、またM君が、我々が自主練している小学校の体育館にやって来ました。
前回、ウマくM君の前蹴りを受け流せずに、前腕に瞬間タンコブが出来てしまったC先輩でしたが、今回は、自信があったようです。再び、防具の胴を着用してM君と対峙しました。
M君が先輩に、
「いいですか?蹴りますよ。」
と尋ねると、先輩は、
「ああ、いいよ。蹴って来て。」
と答えます。そう言われたM君が、いつものように、
「テー―ッショ!」
と言う気合と共に、鋭い右前蹴りを放つと、先輩は、左の腕を下に突き出しながら、M君の前蹴りを見事に受け流しました。この時、先輩が使った受け技は、敵の脛が自分自身の前腕の上を滑べっていくように受け流す技術です。
M君は、
「こんな風に、蹴りを受けられたのは、これが初めてです。」
と言って、驚いていました。前回、前腕に瞬間タンコブが出来た先輩でしたが、今回は、M君の蹴りをキレイに受け流すことが出来たので、満足げな顔をしてました。蹴りを受け流した前腕も、無傷でした。
この夏の自主練習の翌年、教員採用試験に受かったC先輩は、郷里の下関に帰って行きました。(つづく)
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