第14話  Don't think. Feel ! 2

 その日の練習は、いつもと違う雰囲気で始まりました。師匠の許しを得て、初めて組み手をする日です。C先輩の顔も心なしか、青ざめて見えます。

 


 いつものように、準備運動から始め、師匠と一緒に正拳を30本突き、体を温めます。ウォーミングアップが済んだところで、C先輩と私は面と胴(スーパーセーフ)を装着します。たとえ防具を着けていても、古式の拳法の突き蹴りを受ければ、その威力が体の中まで浸透してきます。そのことを体で知っている二人の緊張感は、いやが上にも高まります。

 

 二人は、師匠の前でお互いに礼をし、構えを取ります。構えは、所謂三才(三体)式と言うんでしょうか。二人とも、手を開いて、左手を顔の高さに右手を腰の高さに置いています。立ち方は、猫足立ちを基本とした、実戦立ちです。


 二人は、継ぎ足で少しずつ間合いを詰めて行きます。そして間合いが限度まで来た時、二人は、スリ足で素早く後退します。お互い相手の動きが読めないと「考えた」からです。構え直し、再び間合いを詰めて行きます。そして、再び間合いが限度まで来た時、二人は、素早く後退します。


 ここで師匠が、我々の間に割って入ります。


 「何をしてるんだ?君たちは、ありもしない幻に踊らされてるんだ。それに気がつかないのか?落ち着いて、もっと相手をよく見て。余計なことは、考えなくてもよろしい。」

  

 師匠の言葉を聞いた私は、心の中で考えるなって、考えないと戦えないじゃんと反発します。

 しかし、組み手はもう始まっています。私は、エーイ、もうどうなろうと知ったことかと開き直ります。


  二人は、再び構えを取り、間合いを詰め始めます。間合いが限度まで来た時、私は「うん?蹴りかな?」と考えてしまいます。その瞬間、「バーン!」という鋭い音と共にC先輩の中段突きが私の胴に決まります。先輩の突きの威力は胴を突き抜け、私の肺まで達し、私は咳をします。

 

「一本!今、鷹野君が、考えた。C君は、何も考えなかった。」


 悔しい思いをしながらも、私は再び構えを取り、先輩と向き合います。老師の「相手をよく見て」という言葉が一瞬頭に浮かびます。そして、先輩が私の構えの右側に無防備に入って来た瞬間、「バン!」という音と共に、私の掌打(手の平で打つこと)が先輩の面に入り、先輩は後ろに吹き飛びます。

 

「一本!今、C君が考えた。鷹野君は、何も考えなかった。」


 先輩は、軽い脳震盪を起こしたのか、頭をブルブルッと振ります。この時、私は、なるほど、余計な事は考えず、自然な体の動きに心を任せればいいんだ と老師の言葉の真意を悟ります。

 

 3本勝負の約束だったので、二人は、また構えを取り、対峙します。そして、じりじりと距離を詰めていき、ギリギリの間合いまで来た瞬間、「バーン!」という音が聞こえ、二人の中段突きが、お互いの胴に同時に決まります。二人は間合いを切って離れ、咳をします。

 

 師匠は、


 「よし!今度は、二人とも考えなかった。次回は、五行拳を教える。」


と仰いました。


 老師のこの言葉を聞いて、私は「こういう基本的な心の使い方を学んでから、初めて五行拳が習えるのか!」と古式拳法の奥の深さを垣間見た思いでした。



 次回は、仲間たちとの自主練習の様子をお届けします。では、また次回のエピソードでお会いしましょう。


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