第13話   Don't think. Feel ! 1

 件名の"Don't think. Feel!"というのは、映画「燃えよドラゴン」の中で、主人公のリーが弟子に指導する時に使っていた表現で、「考えるな。感じるんだ!」という意味です。



 今回は、まず私の先輩との思い出をお話ししたいと思います。この人のことは、そうですねー、C先輩と呼ぶことにしましょう。彼は私の母校の先輩で、剣道二段、ロッククライミングとボディビルをこなす偉丈夫であります。彼が道を歩いていると、普通の人なら近づこうとは、思わないでしょう。日本人離れした色黒の肌、身長176.5cm、体重85~90キロ、胸囲120cm、腕回り43~45cmの堂々たる体躯をしていました。ブルース・リー主演の映画「燃えよドラゴン」に出て来るレフリー役のヤン・スエを一回り大きくしたような風貌でした。ヤン・スエが、身長167㎝、体重72㎏ですから、C先輩が、如何に凄い体格だったかが、分かります。


  彼は、握力が80キロ以上ありました。私の友人に、諸岡君と言う人がいました。ある日の午後、この諸岡君の下宿でC先輩と私、そして諸岡君と彼の友人の四人でお喋りをしていた時のことです。C先輩が、コタツの上にあるリンゴに目を留めて言いました。

「諸岡君、このリンゴ、半分俺にくれんかね?」

諸岡君は、

「いいですよ。今、切りますから、ちょっと待って下さい。」

と言って、ナイフを戸棚から出そうとしました。すると、先輩は、

「いいよ、いいよ、自分で半分にするから・・・」

と言ってリンゴを両手の指先で掴み、茶筒のフタを外すようにバカッとリンゴを両側に引き千切りました。


 そこにいた全員が言葉を失いました。普通リンゴを手で割る時は、リンゴの上部に爪で軽く切れ目を入れ、下部を両手の人差し指から小指で支えて、底を固定し、両親指でテコの原理を利用して割るものですが、C先輩のやり方は、その常識を覆すものでした。しかも、ほんの一瞬両肩がブルッと震えた程度で、特別力を入れていたようにも見えず、ほんとに茶筒のフタを外すような何気ない動きでした。強引に両側に引き千切ったせいでしょうか、割れたリンゴの断面は、まるで「鍾乳洞」のようになっていました。


 こんな化け物のような先輩と後に拳法を一緒に修行することになるとは、夢にも思っていませんでした。C先輩とは、「フルコン空手 vs 我流格闘術」に登場するO君の紹介で知り合いました。よく三人でお酒を飲む事がありましたが、酔った二人が力比べを始めると、さながら「キングコング対ゴジラ」の観がありました。


 その後、色んなイキサツがあって、私は、一時遠ざかっていた拳法の師匠のところに、このC先輩と稽古に行くことになるのです。


 その経緯を全部お話すると、かなり長くなるので、途中を端折らせて話を始めさせて頂きます。C先輩が就職してから、私は、先輩に頼まれて、暫く彼に空手を教えていました。抜群の体力と剣道のバックグラウンドを持つ彼は、アッという間にスポーツ空手初段のレベルに到達しました。もう私が教えることも無くなった事もあり、また、この先輩なら、私がどうしても敵わなかった中国拳法の師匠を何とかできるかも知れないと思い、師匠に引き合わせたのですが、この化け物のようなC先輩も、師匠の敵ではありませんでした。


 組み手で先輩を子供扱いにする師匠を見ていると空恐ろしくなりました。突き蹴りで勝負しても、先輩は全く師匠に触れることが出来ず、逆に急所を突かれて悶絶し、両手で師匠の片腕を掴んでも簡単に投げ飛ばされていました。そういう光景を目の前で見ていると、底知れない技の深さと言うか、歴史の重さを感じました。


 私と先輩は、師匠の下で、足腰の鍛錬から始め、さらに基本から準実戦の段階までを修行いたしました。師匠は、私たち二人に、


「君たちは、足腰の鍛錬を嫌がらないから、教えやすい。みんな鍛錬のキツさに音を上げて、すぐ練習をヤメるからね。」


と仰いました。そして、師匠の下で一年程訓練を積んだ後に、防具を着けての組み手(散打)が始まりました。



 今でも記憶に残っているのは、先輩と初めて組み手をした時のことです。(つづく)


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