第22話 老師との初手合わせ
中国拳法の老師は、中々教えてくれませんでした。3年ほど通いつめて、やっと教えてくれ始めましたが、やらされることと言えば〈立ち〉や〈歩き〉ばかりでした。早く強くなりたかったので、先生に内緒でいろんな空手道場に通っていたわけです。内緒って言うか、当時、私は、まだ正式に老師に弟子入りしていたわけではなかったので、空手の道場に通っていても、別に何も問題はなかったんですが。
大学でも体育の授業で空手を選択し、沖縄剛柔流空手の上原優希徳(うえはら・うきのり)先生に出会いました。初めて授業で上原先生の技を見たときは、「何じゃ、こりゃ?」と思いました。それまで経験していた空手の常識からすると、かなりヘタクソに見えたからです。上原先生が、戦後の日本空手界において、極真会の大山先生と「蹴りの大山、突きの上原」と並び称された二大実戦空手家のお一人だったという事も、その頃の私は、全く知りませんでした。
中国拳法の老師の技も、同様でした。当時西南学院大学には太極拳同好会があって楊家太極拳をキャンパスや体育館で目にすることができました。そのバレエのような動きを見慣れていた私には、老師の動きは、素人の動きにしか見えませんでした。
実は、上原先生や老師の技の方が本物だったのですが、最初に紛い物ばかり見て目に錆がついていた私には、お二人の動きの深さが、全く理解できなかったのです。
そんな私でしたが、松濤館系の道場を辞してから暫くぶりに老師を訪ねた時に、私の眼に付いた錆びを落とす事件が起こります。老師が初めて私に「今日は組んでみようか?」とおっしゃったのです。
それまでは、何度お訪ねしても、〈立ち〉や〈歩き〉を見てくださるだけで一切実戦的な話をして下さらなかったので、イキナリ「組もう」と言われてかなり驚きました。剛柔流の道場でも、松濤館流の道場でも自信をつけることが出来なかった私は、その日、老師と組むことで、きっと何かが見えるという直観的な確信がありました。私は迷うことなく「はい、よろしくお願いします。」と答えました。
二人は老師のご自宅の裏庭に行き、礼をして構えました。老師は、身長158㎝くらいで痩せ型のどこにでもいそうな普通のオジサンです。体格差を考えたら、大柄な私が簡単に圧倒できそうですが、勝負は、やってみないと分かりません。剛柔流や松濤館流の道場で、自分より遥かに小柄な人に痛い目に遭わされたことが何度もあったので、油断する気にはなれませんでした。
私は、オーソドックスな正眼の構え、老師は、両手を伸ばし鳥が羽を広げたような不思議な構えです。老師は、「鷹野君は攻撃型だな。好きなように攻めてきなさい。」とおっしゃいました。
私は、自分の眼に狙いをつけている老師の左手を外側から自分の左手で払い、ガラ空きに見えた老師の胴に思いっきり前蹴りを放ちました。老師の左手は、蛇のような動きで私の払い手を躱し、その流れのまま私の右足の脛を内側から払いました。払われた瞬間、脛に激痛が走りました。
腕の中に鉛でも入ってるんじゃないかと思いたくなるような重い下段払いでしたが、動きを止めると危ないと感じた私は、相打ち覚悟で左手で顔面をカバーしながら中段突きを放とうとしましたが、結局、放てませんでした。私の蹴りを受けた老師の腕が反動で跳ね返りながら飛んで来て、私の右耳下のリンパ腺の部分に老師の指先が入ったからです。私は「参りました!」と叫びました。老師が手加減してくれたのが、よく分かったからです。
そこで一旦組み手の手を休め、老師が色々アドヴァイスをしてくれました。まず、
「君の空手はショー的だな」
とおっしゃいました。自分自身、人に見せるつもりで武道を修行しているつもりは毛頭ありませんでしたが、型試合の弊害でしょうか、私の空手は知らないうちに沖縄で言うところの「花手(ハナディー)」(外見ばかりが派手で、実質的な強さがともなっていない空手)になっていたのです。また、
「君は、蹴る時に肩が動き過ぎる。だから、どこをどう蹴ろうとしているかが、見え見えになってしまうんだよ。」
とも注意して下さり、それを是正するための練習方法も教えて下さいました。
その後も老師と組みましたが、何度やっても結果は同じでした。完璧に子供扱いにされ、文鎮のように重い受けで何度も弾かれた私の脛は、真っ赤に腫れ上がってしまいました。私にとって、この時の敗北は、大きなカルチャーショックでした。どの空手道場でも経験したことのない負け方だったからです。
なんとしても、老師について学びたいと言うそれまでにない強い希望をその時から抱き始めました。その日から、老師のところに通いつめ、半年ほどして、正式な入門を許していただきました。入門を許されたその日から、どの道場でも経験したことのない稽古が、私を待っていたのです。
★次回は、中国拳法の基礎を老師から叩き込まれた後に、初めて本格的な散手=組手指導を受けた時の話を2回に分けてお送りします。では、また次のエピソード"Don't think! Feel!"でお会いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます