第21話 蛇に睨まれたカエル
私が大学生だった時、下宿していた部屋の向かいにE君という柔道部の後輩がいました。もう名前は忘れましたが、E君の柔道部の先輩(私からすると後輩)が、彼の部屋によく遊びに来てました。その男がE君の部屋で夜中に騒ぐので、私は、何度も彼を叱ったことがあります。
この「先輩」は、かなり性質の悪い奴で、同輩たちからも、後輩たちからも嫌われていました。いつも癇癪を起こし、普段も乱捕り稽古をする時も、乱暴に振舞っていたからです。特に乱捕りの時に、乱暴に腕を振るので、怪我をさせられる後輩も何人かいたそうです。E君は、かなり悩んでいました。E君は、この先輩に何度も「先輩、大人になって下さい。」と言ったらしいのですが、彼の素行は、一向に直りませんでした。
そんな事が、一年ほど続きました。そして、年度が変わり、新入生たちが柔道部に入部してきました。その中に、T君と言う人がいました。巨漢ぞろいの柔道部の中では、それほど目立つ体格でもなく、とても温厚で誠実な人でしたが、このT君、かなりの柔道の使い手でした。
彼が乱捕りしていると、いつどうやって投げたか分からないような投げ方で相手が吹っ飛ばされると、E君が、私によく言ってました。
そして、ある時、件の先輩とこのT君が、組むことになります。皆が、固唾を呑みながら、二人の乱捕り稽古を見守ります。それまで、いつも乱暴に動いていた件の「先輩」は、T君と組んだ瞬間に、ピタッと動きが止まったそうです。いつもの乱暴な動きは鳴りを潜め、T君のいいようにあしらわれて、キレイに投げられたとE君が教えてくれました。
凄い話です。「先輩」は、ちょっと油断すればT君に投げられるのを本能的に悟ったので、普段の粗暴な動きが全く出せなくなってしまったんです。
私は、このT君と居酒屋で一緒に飲んだ時に、彼と腕相撲をしたことがあります。意外なことに、アッサリと私が勝ちました。この事で、私は、逆に彼の凄みを感じました。彼は、人並み外れた腕力を使って、相手を投げていたわけではないという事がよく分かったからです。
これは、私の推測ですが、彼の柔道の師匠は、古流柔術の趣を残す昔の講道館柔道を学んだ人だったんだと思います。そうでなければ、体重100キロを超える連中を、それほど鮮やかに投げる事など出来るわけがないからです。
件の「先輩」の方は、卒業後就職した後に、一度大学に訪ねて来たことがあります。当時、まだ聴講生として大学に残っていた私も、彼に再会しました。彼は、まるで憑き物が落ちたように穏やかな人になっていました。
T君の方は、地元のF銀に就職しました。F銀の西新町支店で口座を開いた時、彼に再会しました。彼の方は、ますます人間的な円熟味が増し、立派な銀行マンになっていました。
※次回は、私が初めて中国拳法の老師と手合わせした時の逸話をお届けします。では、また次のエピソード「老師との初手合わせ」でお会いしましょう。
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