第10話  空手 vs ボクシング 3

 私にサイドキック(踵横蹴り)で腹部を蹴られた友人はかなり顔色が変わっていました。自分が考えていたより空手の蹴りは侮れないと思ったようです。

 

 彼は蹴られた直後にステップバックした位置から更に大きく後退して、私の周囲をゆっくり回り始めました。まだ、闘志は無くしていないようです。この時、彼が大きく距離を取って私の周囲をゆっくり回ったのは、冷静になるためと多分作戦を立て直すためだったのでしょう。私の周囲を三周ほど回ってから、彼はボクサーというよりも剣道家のようなすり足で再びゆっくりと私に近づいて来ました。(後から聞いたのですが、彼は、小学生の時、剣道もやっていたのです。)

 

 ここからが面白いところです。彼は、なんと私の間合いに入って来ながら、腰を落として左手の掌で私の足刀蹴りを抑えるような形を取り始めます。私は一瞬「こいつは、空手もやってたのか」と思ったほどです。次の瞬間、彼は空手の正拳突きのようなストレートパンチを私の顔面に放ってきます。

 こういう形になれば、こっちの土俵です。私は彼の正拳突きもどきのパンチを右手で受け、受けたその手で彼の顔面に裏拳打ちを当て、間髪を入れず彼の鳩尾に左正拳突きを入れて、すぐにステップバックして離れました。言葉にすれば長くなりますが、全て一瞬の出来事でした。この時すぐに離れたのは、前の週に近間で彼にメッタ打ちにされたので、また彼のコンビネーションブロー(連続パンチ)を喰らいたくなかったからです。彼はちょっと苦しそうにしていましたが、それでもまだ立っていました。

 

 二人は目を見て頷き合いながら、どちらからともなく

「これくらいにしとこうか」

と言いました。誰一人見る者のなかった異種格闘技戦は、これで幕を下ろしました。


この異種格闘技戦と半年に亘るボクシングのトレーニングから、私が学んだことをここに箇条書きにしてみたいと思います。



①スポーツ化してしまった武道も含めて、格闘技の技術というのはルールの上に構築されたものであること。

 

②純粋に空手の技術だけを使ってボクシングと戦う時は、近間(クロスレンジ)では肘打ち・膝蹴り・体当たり・腰投げ・首投げ・足払い・関節技が、遠間(ロング・レンジ)では足刀蹴り・回転後ろ蹴り(バックスピンキック)などが有効であること。(要するに、全部ボクシングの反則技ですね。)(^_^)

  

③グローヴを着用すると、空手本来の良さが発揮されないこと。(手の形を様々に変化させて使うところが、空手のいいところだが、グローヴのせいで正拳・縦拳・逆拳・裏拳などしか使えなくなる。また、素手で相手を殴れないので本来の威力が半減してしまう。)


④グローヴ空手(グローヴを使用して、フルコンタクトで闘う空手)の場合でも、ボクシングの技術は、使用できないこと。(間合いの遠い蹴りを躱して、近間でボクシングのコンビネーション・ブローを使おうとしても、間合いの近い蹴りを喰らってしまう。また、実戦では膝蹴りを喰らってしまう。)

  


 私が、ボクシングとの交流を通じて学んだことは、以上です。(④は、その後、空手の組手でボクシングのテクニックを使おうとして、何度も蹴られた私の経験から悟った事です。)



 二回に亘る異種格闘技戦以降、二人の格闘技観は大きく変わりました。私は、ボクシングのパンチのスピードとコンビネーションに、彼はボクシングの技術では防ぎきれない空手の蹴り技に深い畏敬の念を抱くようになりました。それから、半年間、私は彼にボクシングの技術を学び、彼は私に空手の蹴りを学んだのです。


 この異種格闘技戦が終わってすぐに、私は彼に試合の最中に何故空手のような型をとったのか尋ねました。彼は、

「あれは空手のマネをしたわけじゃなくて、お前のサイドキックを防いでパンチを打とうとしたら、自然にあんな形になったんだよ。」

と答えました。

 彼の答えを聞いて「なるほど」と思いました。私は、この経験を通じて、空手の正拳突きが蹴りを処理してから突くという状況から生まれたモノであること、空手の突きとボクシングのパンチの単純な比較は意味がないことを認識するようになりました。



 次回は、大学時代の柔道部の後輩たちの物語をお送りします。では、次回のエピソードでお会いしましょう。

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