第19話 空手 vs ボクシング 2
私が友人にボクシングのスパーリングで滅多打ちにされてから一週間後の練習日のことです。約束通り、蹴りをいれての異種格闘技戦をやることになりました。蹴りは、急所への蹴り以外は何を使ってもいいことに、手技も、サミング(親指を相手の眼に突っ込むこと)と肘打ち以外は何でもやっていいことにしました。
二人は、ヘッドギアとグローヴをつけてスパーリングを始めました。友人は、用心のためノーファウルカップ(股間の防具)も着用していました。
彼は、ボクシングのサウスポースタイルで構えています。私は、左足を前に出した右正眼の構えから、ワザと突きを入れる振りをしながら、間合いに入っていきます。彼は、前週と同じように素早くステップインしてきてワンツーを入れようとします。私は、素早く刻み足で近づいて、前足で彼のボディーに左前蹴りを放ちました。彼は、グローヴの厚みを活かして、私の足をパンと払いながら素早くステップバックします。
実は、この蹴りは、私の作戦だったのです。もし、この時、彼が不用意に前蹴りを払いながら構えの内側に入ってくれば、右上段回し蹴りで仕留めるつもりでした。構えの外側から近づいて来れば、左足を右斜め前に滑らせながら、左足を軸にした右の回転後ろ蹴りを彼のボディーに入れるつもりでした。そして、彼がこの作戦に引っ掛からなかった時は、・・・。
再び元の間合いに戻った二人は、互いの様子を探り合いながら、互いの周りをグルグル回ります。彼は上半身でボクシング式のフェイントを掛けながら、入って来ようとしますが、どうもやりにくそうです。蹴りが入ると、やはり勝手が違ったのでしょう。暫く睨みあった後、ボクシング式の構えにしてはやや低い構えで再び距離を詰めて来ます。前蹴りが飛んできたら、私の前足をハタいて内側に入り連打するつもりです。
私は、彼のボディーを見ながらワザと前蹴りをする振りをして、前進します。彼は、私の前蹴りを払う準備動作をしながら、素早くステップインして来ます。今だ!私は、彼の前足の外側を思いっきり左回し蹴りで蹴っ飛ばします。まだ、ちゃんとした先生について空手や拳法を学ぶ前の我流のローキックだったので、大して効かなかったはずですが、それでも彼は「オッ!」という驚きの声を上げてステップバックします。(※剛柔流の道場でも、松濤館流の道場でも、ローキックは習いませんでした。)
二人は、再び間合いを取って睨み合います。軽快に動く彼を見る限り、私のローキックは、思った通り大して効かなかったようです。人間を含めて、全ての動物は、一度痛い目に遭ったことに対しては用心深くなります。この時の彼も、そうでした。大して効かなかったローキックですが、何度も食らうと足が動かなくなると判断したのでしょう。
彼は、不用意に近づいて来なくなりました。私も、同様でした。前の週に彼にメッタ打ちにされた私は、馬鹿正直に彼との殴り合いに付き合う気は毛頭ありませんでした。彼が間合いに入ってくれば、力の限り蹴って、蹴って、蹴りまくるつもりでした。お互い用心深くなったせいか、それからは一進一退の攻防が続きました。彼が前に出て来ようとする、私がローキックを放つ、彼がステップバックでそれを躱すといった、ワンパターンで退屈な攻防です。このままでは、埒が明かないと悟った私は、作戦を変えることにしました。
私は、左足が前に出た右正眼構えから、右足が前に出た左横構えに変え、わざと両手を下に下ろして構えます。そして、少しずつ顔面にパンチを誘うように間合いを詰めていきます。
※横構え:自分の体の側面を相手に向けるようにして取る構え。
構えが急に変ったので、彼は、一瞬オヤッという顔をしましたが、すぐに顔を引き締めて蹴りを軽快しながら、距離を詰めて来ます。通常、横構えにすると、前蹴りや回し蹴りは使いにくくなります。空手の技術を何も知らなかった友人ですが、ボクサー独特の本能からか長年の喧嘩の経験からか、ローキックは飛んで来そうにもないと判断したのでしょう。彼は、素早くステップインしながら左ストレートを打ってきます。私はサッと上半身を後ろに倒しながら、彼の脇腹にサイドキックを入れました。彼は、「ウッ!」と呻いて腹を押さえて後退します。
ホントに、この頃は、突きや蹴りに威力というものが全然無かったですねー。もし、この時、古式の空手や拳法の蹴りで蹴っていれば、友人は、私の蹴りが入った瞬間に腹を押えて地面をのたうち回っています。逆に言えば、突き蹴りに大した威力が無かったからこそ、あんなに気軽に組み手やスパーリングをやることが出来たんだと思います。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます