第7話  "Boards don't hit back." (「板は打ち返さない。」)

 "Boards don't hit back." (「板は打ち返さない。」)


 ご存じブルース・リー主演の大ヒット映画「燃えよドラゴン」の中の名文句です。深い言葉です。動かない板を割れても、動き回ったり、打ち返して来たりする人間を叩けなければ、意味はないよとブルース・リーは言いたいんです。


 ブルース・リーの声も、実に渋いですね。高校生の頃は、よく彼の英語のセリフを真似しては、一人悦に入ってました。


 大学に入ってから、自宅からそれほど遠くない所にあった松濤館流空手の道場に通いました。通い始めてから二年ほどして、弐段を取得しました。同期で入門した連中は、私とほぼ同年齢の大学生と少し下の高校生たちでした。彼らも、私とほぼ同時期に弐段を取得してました。


 ある日、先生が、お仕事のご都合で指導に来れなくなりました。事前に先生から連絡が入っていたので、この日は、普段の稽古であまりやる機会のない試し割りをやってみようと言う事になり、瓦やブロックは、持って来るのに面倒だし、後始末が大変だから、木の板を持って来ることにしました。


 1人木工店にコネのある奴がいたので、そいつに頼んで、安値で厚さ1㎝程度の薄い板を25枚程度用意しました。厚い板を用意しなかったのは、有段者のくせに試し割りが苦手な奴が一人いたからです。


 その時、試し割りの希望者は、5人いたので、一人ずつチャレンジすることになりました。離れて置かれた二つのブロックの上に置かれた板を自信のあるヤツは、5枚、まあまあの奴は4枚、次々に正拳や手刀で割っていきました。私も、手刀で4枚割りました。


 最後に残ったのが、試し割りが苦手な男でした。私たちは、彼に気を使い、板を二枚にしてやりました。二枚で、せいぜい2㎝ほどの厚さです。彼は、どっしりと腰を落として、正拳逆突きの構えを取り、


 「フ――、ス―――」


と呼吸を整えながら、正拳を板にユックリと当てたり脇に引いたりしてから、「エイ!」という気合と共に板を激しく突きました。


「ゴツッ!」


というイヤな音がして、彼の右拳が板にぶつかって止まりました。やっぱり割れませんでした。彼、試し割りの時に、腕に力が入り過ぎてるんですね。腕に力が入り過ぎてると、拳が板に当たった時に止まってしまうので、板は、割れません。


 震えている彼の右腕と些か歯を食いしばったような表情から、かなり痛いのがよく分かりました。みんな、何と声をかけていいのか分からずに迷っていると、左掌で右拳をさすりながら、彼が一言。


 「板は打ち返さない。」


 一同大爆笑です。


 「ハ、ハ、ハ!」(^O^)/


 「確かに」


 「負け惜しみ強いねえ。」


 「映画の見過ぎ!」


 「そうたい。お前の言うごと板は、打ち変えさんたい。」


 「こげな薄か板二枚くらい割りやい。」


 私の青春の一ページでした。それから間もなくして、その道場を去ることになってしまった私でしたが、最後にいい思い出を作ってもらったことは、当時の仲間たちに今でも感謝しています。



 次回は、私自身の異種格闘技戦のお話を3回に分けてお届けします。では、次のエピソードでお会いしましょう。



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