第3話  体験入門

 最初に通った剛柔流空手の道場は、かなりヒドイ道場でした。基本の突き蹴りと移動稽古をした後、すぐに剣道の小手を付けさせられて、組手をやらされました。剣道の小手って、かなり固いんですね。あれで顔を殴られたら、かなり痛いし、頭もクラクラします。組手の際に顔を殴られていた人たちは、みんな軽い脳震盪を起こしてたと思います。ケガも多かったので、私は、その道場に嫌気がさして辞めてしまいました。


 私を道場に誘ってくれた友人も、同様でした。彼も、一年ほど通って、私と同じ時期に辞めました。後に、その道場の話が出た時に、彼は、


「武道を通じて心を学びたかったのに、あの道場には、それが全くなかった。ただ、気が荒くなるだけの道場だったね。」


と言ってました。もう一人、中学時代の別の友人も、その道場に一緒に通っていましたが、彼も、すぐにこの道場を辞め、大学入学後に別の剛柔流空手の道場に入門しました。


 ただ、その道場は、かなり遠方だったので、私は、そこには入門しませんでした。近所の少年空手教室が、その道場の支部だと言う話をその友人から聞いて、その教室に連絡をすると、体験入門できると言われたので、空手着を持って、その道場まで足を運びました。


 行くと、身長160㎝くらいの小柄でずんぐりむっくりした40歳くらいのUと言う人が指導していました。彼が締めていた黒帯には、四本の黄色い線が入っていました。その人は、私の顔を見るなり、


「アンタ、どっかで見たごたあ気がする。ああ、極真会館の道場開きの時に、あんたも、おったね。アンタ、色んな所に、顔を出してんだね。」


と言いました。よく見ると、見覚えのある顔でした。福岡に初めて極真会館の支部が開設された時、友人たちと一緒に見学に行きました。その時、Uさんも道場仲間と一緒に見学に来ていたんですね。極真会館の福岡支部で会った時は、ジャンパー姿だったので、すぐに気が付けなかったんです。


 で、剛柔流空手の経験がある事を知った彼は、私を組手に誘いました。私は、空手着に着替えて、彼と対峙しました。大して圧を感じる人じゃなかったので、それほど強いとは思えませんでした。


 案の定、組んでる最中に彼の顔面がガラ空きになったので、寸止めするつもりで遠慮した上段回し蹴りを放つと、彼の左頬に私の右足の甲がパチッと当たってしまいました。私が、その場で動きを止めて、


「アッ‼大丈夫ですか?」


と尋ねると、彼は、いきなり私の髪を掴み、私の頭を引き下ろしながら、顔面に下手くそな蹴りを放ってきました。彼の足の指先が、私の右目に当たり、私は、痛みのあまり床に倒れました。


 痛みがひどかったので、暫く床に横になっていましたが、起き上って来た私に、彼は、


「俺の腹を突いてみろ。」


と言って、私に突かせました。当時は、古式の空手や拳法を修行する前で、私の放つ突きには全く威力がなかったので、彼は、平気な顔をして


「全然、効かんな。」


と言いました。私の自信を潰す意図があったんでしょうね。この話を後に師事することになった中国拳法の老師に話したところ、老師は、


「その人は、君の突きを一目見て効かないって分かったから、腹を突かせたんだよ。効く突きだって分かってたら、絶対に突かせてないはずだ。つまり、今の君には、腹を突かせないって事。」


と仰いました。


 ちょっと話が逸れてしまいました。話を空手教室での場面に戻します。それから、何度か、変な突き方を練習させられました。私は、イヤイヤ、その突きを何度かやりました。こんな目に遭わされて、気持ちを込めて練習なんか出来るわけがありません。ハッキリ言って、常識ないですね。彼は、


「強くしてやるから、うちに入門しろ。」


と命令口調で言い放ちました。体験入門しに来た白帯に怪我を負わせといて、入門もへったくれもあるもんかと思った私は、勿論、この道場(空手教室)には入門しませんでした。帰宅して、右目を見ると、白目の部分が真っ赤になっていました。眼科に行って調べてもらいましたが、幸い視力に影響は見られませんでした。



 後で、その道場に通っていた私の友人に聞いたところ、その道場は、右翼団体の構成員が多数在籍しているヒドイ道場で、稽古中に大怪我を負う道場生が多数出る事でも有名な道場だと言う事が判明しました。どういう思想を持とうが、その人の自由なんですが、真剣に道を求めて入門して来た人たちに大怪我を負わせるのは、いただけません。因みに、私の目を蹴ったUさんも、その右翼団体の構成員です。

 

 先に言っといてよって感じですが、私がケガを負ってしまったのは、よく下調べもせずにノコノコと体験入門に行った私自身の落ち度です。実は、その空手教室の本部道場は、父の勤めていた会社の横にある道場だった事も後で判明したんですが、父も、


「あそこは、変な道場だ。目が合うと、こっちを睨みつけて、肩を怒らせるようなヤツラばっかりだ。こっちがケンカ売りようわけでも何でもないとにから。」


と言って呆れてました。道の探求途上で、ヒドイ目に遭ってしまいました。



 その後、松濤館流の道場に入門して、まともな指導を受ける事が出来るようになった私ですが、その経験以降、寸止め組み手の最中に間違って自分の突き蹴りが相手に当たっても、必ず間合いを切ってから、


「大丈夫ですか?」


と尋ねる癖がつきました。また、髪は絶対に掴ませないようにもなりました。松濤館流の道場には、組手の最中に髪を掴んてくるような乱暴な人はいませんでしたが、時々、道着の肩の部分を掴まれることはありました。後に入門した和道流の道場でも、同様でした。そういう時は、松濤館で習った手刀受けを使って、素早く相手の腕を打ち外して離れるようにしていました。もし万一、髪を掴まれたとしても、同じ方法で打ち外してたでしょうね。多少髪が抜けても、頭を引き落とされて顔を蹴られるよりはマシだからです。



 痛い目に遭っても、その経験から何かを学べば、自分の実力を高める事が出来ます。逆に、敗北経験から何の教訓も引き出せなければ、単なるヤラレ損で終わってしまいます。



 先ごろ亡くなられたシステマの創始者、ミハイル・リャブコ先生は、


「弱い人間ほど、凶暴になる。」


と仰ってました。先生のお言葉通りです。これも、後にその道場に通っていた友人から聞いた事ですが、実は、Uさんは大して強くないので、本部道場では影の薄い存在だとの事でした。道理で、半素人にしか過ぎなかった私の蹴りが、彼の顔に入るはずです。


 それで、子供たちや保護者たちがいる目の前で白帯の私に顔を蹴られて、キレたんですね。そんな所でまで、やられてしまっては、彼の面子は丸潰れになってしまうからです。追い詰められた動物が狂暴になるのと同じ理屈です。



 後に松濤館空手や中国拳法を修行して、以前とは比べ物にならない程の戦闘力を身に付けた私でしたが、Uさんが教えている空手教室に道場破りに行って、仕返ししてやろうとは考えませんでした。仮に、組手でUさんに勝てたとしても、本部道場から、もっと強い人間が出て来て、争いは、更にエスカレートしていたでしょうから、仕返しするために道場破りに行かなくて良かったと今でも思います。本音を言えば、変な道場に関わって、不必要なトラブルに巻き込まれたくはなかったんですね。


 もう一度やったら、勝つ自信はありましたが、・・・。まあ、半素人の時でも、私の蹴りがUさんの顔面に入ってますからね。まして、キチンとした武道を学んだ後においてをやと言ったところです。古式の空手や拳法を習得して以降は、突きも、蹴りも、かなり重くなってましたから、次に彼の顔面に私の蹴りが入っていれば、今度は、私が、彼に怪我を負わせることになっていたでしょう。



 Uさんに目を蹴られて以降は、あの道場とも、Uさんとも関わりを持ちたくなかったんですが、弟の友人も、あの道場に通っていた関係で、彼に誘われて、一度だけ本部道場に見学に行った事がありました。正直言って、あまりいい雰囲気の道場じゃなかったですね。後に私が通うことになった松濤館流空手の道場に比べると、ヒドク暗い雰囲気の道場でした。幸いなことに、その時、Uさんは、本部道場にはいませんでした。


 上記の空手教室での逸話は、今から47年ほど前の話ですが、この道場は、今でも、かなり悪名高い道場です。この道場に関しては、もっとヒドイ話が沢山あるんですが、話の内容が余りに残酷過ぎて、この自伝の雰囲気には馴染まないし、これ以上詳しく書くと、私がどこの道場の話をしているかがバレてしまうので、これ以上は書かないことにします。



 武道を志されるのはいいんですが、世の中には変な道場も多いので、事前によく下調べをなさってから、入門なさった方が、賢明でしょう。


 その人の持つ生の人間性が、どの世界よりも露になるのが、武道の世界です。いい意味でも、悪い意味でも、こう言えます。



 次回は、いい道場を探していた時に通っていた某大学のウエイトトレーニング室で見聞きした空手絡みのトラブルについてお話しさせていただきます。では、また次回のエピソードでお会いしましょう。


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