第2話 「合気を外す」
「合気(あいき)を外す」と言うのは、剣道の用語です。相手の気迫に気迫で対抗せず、敵とは全く違う精神状態と呼吸で敵と対する事によって、敵の気力を萎えさせる事をこう表現します。
柔道は、中学二年生の頃までやっていましたが、途中で止めてしまいました。その後、私が接したスポーツは、バスケットボール・体操・陸上などでした。高校に入学後は、陸上をやるつもりでしたが、いかなる運命のイタズラか、私が入学した高校には、陸上部がありませんでした。どうしようかと迷っていた時に、中学時代の同級生が、訪ねて来て、
「空手を一緒にやらないか?」
と誘ってくれました。この友人の御父上の部下の方が、空手の先生だったのです。小学生の時にテレビで視聴した「グリーン・ホーネット」と中学生の時に愛読していた劇画「空手バカ一代」の影響で、ずっと空手をやりたいと思っていたので、この申し出に跳びつきました。もう高校生になっていたので、多少遠方でも、小学校の時に空手を習う事に反対した両親も、自転車で空手道場に通う事を許してくれました。
※「グリーン・ホーネット」=ブルースリーが、主人公の運転手兼助手である空手の達人「カトー」役で出演していたアメリカのTVドラマ
この章では、この道場での印象深かった私の経験をお話ししたいと思います。その当時、私は、気迫と体力で押すだけの空手をやっていました。どちらかと言えば、長身の方だったので、自分より体の小さな人を体格で圧倒することができたからです。
相手がちょっとでも隙を見せれば、「オーリャー!」とか「ウォーーッ!」とか叫びながら、徹底的に嵩にかかって攻めていました。
勿論、私と同じ戦い方をする人も、少なからずいらっしゃったので、そういう方と当たると、力と力のぶつかり合いになっていました。「ゴツ!」「ゴツ!」「ゴツ!」みたいな擬音語がピッタリ来るような殴り合い・蹴り合いを演じることも、しばしばでした。
あのまま、ああいう戦い方を続けていれば、いつか大怪我をしていたことでしょう。そんな危ない練習を続けていたある晩、私は、一人の先輩と組み手をすることになります。その先輩とは、それまで一度も組み手をしたことがありませんでしたが、小柄でオトナシイ方だったので、簡単に気迫と体格で圧倒できるだろうと高を括ってました。この先輩との組み手が、その後の私の組み手をガラリと変えることになるとは、神ならぬ身の私には知る由もありませんでした。
以下、その時の二人の様子をここにそのまま再現します。
私は、礼もするのもそこそこに、イキナリ先輩に向かって物凄い気迫で前蹴り・回し蹴り・足刀蹴りを放ちます。いつもなら相手がビビって逃げるか、逆に気迫で反撃してくるかのどちらかです。ところが、・・・
大魔神のような形相で「ウォーーッ!」と叫びながら襲い掛かる私に対して、その先輩は、埴輪のように柔和な表情で「はい!」とか「ホイ!」とか言いながら飄々と私の蹴りを受け流していきます。私は、彼に気迫も蹴り技も受け流される度に「あれ?」「アレ?」と肩透かしを食らったような気分になり、一向にいつものリズムに乗れません。結局、組み手の最後の方は、全く気合をかけることなく技の攻防に没頭し、どちらが勝つわけでも、負けるわけでもなく、静かに、まことに静かにこの組み手は終了いたしました。
この組み手を経験して以降、どこの流派の道場に行っても、私は、気迫で押すだけの組み手は一切やらなくなりました。かつての私のように気迫だけで押して来る人に対しては、この先輩のように淡々と対処するようにしました。こうすると、相手は、実にやりにくそうな顔をしたものです。
後に、中国拳法の老師から、「組み手の相手は自分の鏡だ。自分が燃えるから、相手も燃える。自分が燃えなければ、相手も燃えることができない。」「表情も、技の一つだ。」と言われた時、この先輩との組み手を思い出した私は、深い頷きとともに老師の言葉が理解できたのでした。
老師は、また、「中国拳法には、相手のやる気をなくす『心の技』とでも呼ぶべきものが存在する。」ともおっしゃっていました。福岡の空手・拳法関係者の中には、この技を体験された方も、何人かいらっしゃると聞いています。
次回は、大学入学後に私が某空手道場に体験入門に行った時の「痛い」お話です。では、次のエピソード「体験入門」で、お会いしましょう。
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