(中)トドオカ、魔王の城へ
魔王歴3年3月4日
トドオカが異世界に降り立ってから、半年以上が過ぎ去っていた。
「キャアァァ!」
猛犬の魔物がガイドさんを襲う。トドオカは『トドオカ』に変身すると、魔物めがけて拳をぶち込む。その一撃で魔物は絶命した。
「犬畜生ごときが、ワイの女に何しくさってんねんボケ!」
ぺっ、と痰を死体に吐きかける。その『トドオカ』の後ろで、ガイドさんが恥ずかしそうにもじもじしている。
「トドオカさん、『ワイの女』って……だめですよ、帰りを待っている奥さんがいるのに……」
しまった、とトドオカは思い、変身を解く。本来のクソ恋愛を忌避するトドオカさんであれば、女性を勘違いさせるようなことは絶対に言わない。しかし、『トドオカ』は言う。
「すみません、あの姿だとどうも変なことを言ってしまうみたいで」
「そうですか、そうですよね、はい。その、気にしてませんから、気にしないでください」
ガイドさんは顔を真っ赤にしている。
手遅れだった。
そもそも半年以上を共にして、お互いにある程度情も湧いている。それが恋情や愛情になることはないとトドオカは思っていたのだが、ガイドさんの方はそうではなかったようだ。
「そういえばトドオカさん、せっかくの『トドオカ』なのに、その姿ばかり使っていますよね。他にも強そうなのはいっぱいあると思うんですけど」
「あー……そうやな。まあ、あまり強すぎる力を使うと、その力に呑まれてまうかもしれへんのでね。これで十分やっちゅうことです」
「なるほどー」
そうしているうちに、魔王の城が見えてくる。立派なことに、城下町があるようだった。
「意外やな。こういうのって、城だけバーン! とあるイメージなんやけど」
「元々は人が暮らしていた王都だったんです。タイガ原さん……魔王は、そこにいた者たちを皆殺しにして、居城としているみたいです」
「ほーん、そうなんや」
城下町を歩く。ガイドさんの言う通り、人の気配はない。全員殺されたか、そうでなくとも逃げ出しているのだろう──と思っていると、一つだけ明かりの灯った建物がある。見れば、それは宿屋のようだった。
「お邪魔しますー」
「いらっしゃい。ふたり?」
出迎えたのは、恰幅のいい女将だった。肝っ玉カアちゃんという感じで、こんなところに一人で残っているところを見るに、その第一印象は間違っていないだろう。
「女将さんはどうしてここに残っているんですか? 殺されてしまうかも、とか思わないんですか?」
「はぁ?」
ガイドさんが無節操に聞くと、女将は鋭い目付きで睨みつけ、ドスの利いた声で返した。
「思うよ、当然だろ。その上で、殺されても仕方がない、殺されてやってもいい。あたしゃそう思ってるから残ってんだ。二度とそんなこと聞くんじゃないよ!」
「すまんな、女将さん。私の連れ、ちょっと他人の感情に無頓着やねん。あとできつく言うときますんで、ここはどうか許したってください。悪気はないんです、多分」
「……いや、こっちもカッカしちまった。悪いね、こんなところまで来てくれたお客さんなのに。泊まってくだろ、部屋は一つ?」
「いやぁ、二つで。さすがに同じ部屋で寝るのは、残してきた妻に申し開きのしようがない」
「アッハッハ! そんな若い子と二人旅してる時点で大概だと思うけどねぇ!」
笑う女将に、痛いところを突かれたトドオカもナッハッハと笑う。その横でガイドさんはバツが悪そうに下を向くばかりだった。
その晩は、女将が夕食を振る舞ってくれた。三人で食卓を囲む。だが、ガイドさんはやはり萎縮してしまっている。
「これは……」
献立は豆腐の味噌汁と白米、それから焼き魚だった。
「ニホンっていう国の料理さ。珍しいだろ? ニホン人の子にせがまれて作ったんだけどね、これが好評で。ウチの名物さ」
「いやあ、私もそのニホンから来ましてね。久しぶりに故郷の料理を食べられるなんて嬉しい限りです」
「そうかい、そりゃあよかった。ここに残ってた甲斐があるってもんだ」
聞けば、米や味噌汁なんかはニホン人の子から聞いた情報をもとに魔法で擬似的に再現したものらしい。稲作が行われている様子はなかったが、魔法ならとトドオカは納得した。
「それで、あんたら何しにここまで来たんだい? ウチの名物料理を食べに来たってわけじゃないんだろ?」
「魔王っちゅうのを倒しに来たんですわ」
半ば確信している様子の女将だったが、トドオカは女将の目を見て真っ直ぐに応える。
「そりゃまたどうして?」
「身内のケツを拭きに、っちゅうところですかね。あんまり迷惑かけるようなら、止めたらなあかん」
「……そう」
トドオカの返答に、女将は黙り込む。何をどう言うべきか、迷っているようだった。
「ほな、こっちからも聞かせてもらおか。ガイドさん、聞きたいことあるやろ?」
「はい。その、不躾なのは承知の上なのですが……殺されてもいい、とは? 死にたいのですか?」
ガイドさんはおずおずと口を開いた。先ほどの鋭い目付きとドスの利いた声がトラウマになったのか、びくついている。その割には言葉選びがカスだ。
「死にたいわけじゃない。ただ、あの子にはそうするだけの理由がある。それだけさ」
「やっぱり、交流があったんですね。じゃあ、ニホン料理をせがんだっていうのが」
「そうさ。ハッ、殺されてもいいなんて格好つけた言い方したけどね、ただあの子があたしを殺したりなんかしないって、そう思ってるだけなのかもねぇ……」
女将は城の方を見やる。悲しさと、寂しさとが混じったような視線だった。
魔王歴3年3月5日
夜が明けて、トドオカたちは宿を発つ。
「きっと、あの子も限界だ。止めてやっとくれ」
女将は、そう言ってトドオカたちを送り出した。城はすぐ近くだと言うのに、おむすびまで待たせて。
少し歩いて、魔王の城へと到着した。トドオカは『トドオカ』に変身し、扉を蹴破る。
「大阪や! 魔王、出てこんかい!」
中に入ると、既にそこは謁見室のようになっていた。もともとあった壁を全て破壊して、一つの部屋にしているようだった。屋根が落ちてきてもおかしくなさそうだが、魔力で補強しているらしい。
「何者だ」
目の前の大きな影から、低い声が聞こえた。タイガ原さんはこんな声だったっけかと考える。スペースで一度だけ声を聴いたことがあったような気がするが、あいにく憶えていない。
「ワイが何者かが、そんなに重要か?」
「そうだな。殺すだけだ」
魔王タイガ原の巨体がトドオカに迫る。振り下ろされた拳にトドオカも拳で応戦するも、あまりの体格の差に吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅっ、スペックが違いすぎるわ。歯が立たへん」
「であれば! 今こそ『トドオカ』の真の力を見せる時です! さあ! 魔王を倒せる『トドオカ』を思い浮かべて、変身しましょう!」
「それは……いや、ちょっと弱音吐いてしもただけや。このままでなんとかなるわい」
果敢に向かっていく『トドオカ』。だが、またも弾き飛ばされてしまい、大怪我を負ってしまう。
ガイドさんは治癒魔法をかけつつ、トドオカに話しかける。
「今こそ力を使う時ですよ! 力に呑まれて次の魔王になっちゃうかもとか言ってる場合ですか!? 死にますよ!?」
「せやなぁ……」
そう言いつつ立ち上がると、またもその姿のまま魔王に殴りかかった。力の差は歴然で、無惨に叩き潰される。
最強無敵であるはずの『トドオカ』が、なぜこうも歯が立たないのか──それは、彼がトドオカだからである。
彼は『トドオカ』ではない。その力を振るうことができるだけの、ただのトドオカである。
具体的に言えば、精神性が大違い。『トドオカ』は、人を人とも思わない化け物だが、トドオカは情が深く、他者への思い遣りができる大人だ。
トドオカがトドオカである限り、『トドオカ』の力を十全に発揮することは永遠に不可能。
更に身も蓋もないことを言ってしまうと、『勇者』と『トドオカ』はどちらも女神より授けられた、同じ『
それを10年の期間で使い倒してきたタイガ原と、その一端しか使っていないトドオカでは出力が違って当たり前だ。
「ぐぅえっ……」
変身も解け、『トドオカ』はトドオカに戻ってしまった。
「こだわってる場合じゃないですよ! 死にたいんですか!? ただ『トドオカ』を思い浮かべて変身するだけ──」
と、そこまで言ってガイドさんは気付いた。
「もしかして──覚えていないんですか、それ以外の、『トドオカ』を」
「覚えとるわけないやろフォロワーの悪ふざけやぞ!? いちいち全部覚えとれるか!」
トドオカはジャンプをリアルタイムで読んでいたにもかかわらずカタクリやホーディのことを忘れてしまうような男である。彼に、半年という時は長すぎた。
「記憶力が良くなる魔法とか、ないんか?」
「ごめんなさい。記憶関係だと、記憶を消す魔法とか、物覚えがよくなる魔法ならあるんですけど、忘れてしまったことを思い出すものはなくて……」
「くそっ、なんとか頑張って思い出すしかないんか」
「わたしも頑張って思い出します!」
※─お詫び─※
ここに、トドオカとガイドさんの二人が色々な『トドオカ』を頑張って思い出して、それを駆使して闘うシーンを書くつもりでしたが断念しました。
トドノベル、膨大になりすぎ。読みきれへんて。
※─お詫び─※
「色々思い出してみたけど、決定打になるようなもんは思い出せんなぁ! 絶対あるはずなんやけどなあ!」
「うう……このままここで死んでしまうんでしょうか……」
トドノベルのメインストリームはホラーだ。ホラーであるからには、その対象が具体的に何ができるのか、わかってしまうと怖さは半減どころではない。
ゆえに、思い出したところで何ができるのか詳細がわからない『トドオカ』が多い。また、最強無敵の格を落とさないために本人が出てこないものもあり、なんかもうどうしようもない。
17歳JKシリーズや50歳無職シリーズに至ってはほとんどに戦闘能力がない。
なんかもっと恐ろしいやつ、いた気がするけどどうしても思い出せない。
トドオカは考える。もう、思い出すのは無理な気がしてきた。だから、思い出せなくても勝てる方法を──いや、勝つ必要すら、ないのではないか?
「私は──彼を、どうしたいんや?」
倒したい、殺したい──わけではない。
そこに気付いたトドオカは、ある一つの『トドオカ』を思い浮かべ、変身する。
思い浮かべたのは──自分のXアカウント。
「その姿は……」
「ただの『トドオカ』や。タイガ原さん、覚えてへんか? 何があったかわからんけど、どうか話してくれんか?」
対峙しているのは、相互フォロワー。お互いに古い記憶(10年/半年)となってしまったが、それでも、話し合いで終わらせることもできるのではないか。
その考えの末、『トドオカ』の中で最も彼の記憶に残っているであろうものを選んだ。
「トドオカ……トドオカ……?」
急に戦意を失った目の前の男を見て、魔王タイガ原は困惑を隠せない。目の前の男の姿と名前、そして声が彼の古い記憶を刺激する。
狂乱の
「あ、あ……トドオカ、さん……?」
「そうや。ま、そっちは10年経っとるらしいからな。忘れとってもしゃーないわ」
タイガ原の魔力による強化がほどけていく。巨体は見る影もなく小さくなり、そこに残ったのはちっぽけな一人の男。
狂乱という仮面が剥がれ、感情を抑えきれなくなった彼はしゃくり上げながら大粒の涙をこぼし始めた。
「トドオカさん、俺、俺……」
「とりあえず落ち着こか。そしたら、何があったか聞かせてくれるか?」
トドオカは彼の背中をさすり、落ち着かせる。包み込むような優しい声音に、タイガ原は力なく頷いた。
「俺、魔王を倒してくれって女神様に言われて──あれ、女神様? どうして下界に?」
トドオカの後ろに立っている
「それは──」
「ちょいと機転を利かせてな。一緒についてきてもらったんや。おかげで楽やったで〜」
ガイドさんが経緯を説明しようとするのを遮って、トドオカはそう言った。彼女は元女神だけあって人間の機微に疎い。
お前が魔王になったせいで天界から追放されました、なんて今の状態の彼には聞かせられない。
「それより続きや。魔王は倒せたんやな?」
「はい。この世界で仲間が三人できて……俺はその中の一人と、恋仲になりました。魔王を倒したら結婚しようって、そう言ってたんです」
「だから、魔王を倒しても元の世界に帰ろうとは思わなかったわけやな?」
その質問に、彼は頷く。魔王を倒した際に女神様か現れて帰るかどうか訊いてきたが、それを断った──と。
「……魔王を倒したあと、約束通り俺は彼女と結婚しました。……平和が、訪れてしまったんです」
「訪れてしまった?」
「魔王がいなくなり、彼の放つ瘴気によって発生していた魔物が大幅に減少しました。そのため、魔物討伐を主な生業としていた『冒険者』たちは冷遇され始めました」
魔王討伐から三年が経過した頃には、冒険者制度そのものが廃止されてしまい、多くの元冒険者が路頭に迷った、と彼は続ける。
「元冒険者と言うだけで荒くれ者扱いされ、白い目で見られるようになりました。まともな仕事を探すのも難しくて」
魔王討伐の報奨金も、微々たるものだったという。ひとり頭、一般的な冒険者のひと月かふた月ぶんの稼ぎ程度。
魔王を倒したタイガ原四人らですら辛い生活を強いられた。他の冒険者たちに至ってはもう、目も当てられない有様だったとか。
「あまりにも酷かったので、レミィ……妻が、王宮に直談判しに行くと言い始めたんです。
「辛い生活と言いつつやることはやっとったんやな! 元気やのお!」
──と口をついて出そうになったが、彼はトドオカなので口を噤んだ。『トドオカ』であれば言っていた。
「結局、四人で直談判しに行きました。意外にも、歓迎されて……元冒険者の就職支援とかをやってくれる、っていう運びになったんです」
「おお! なんやよかったやないか!」
そう言ってトドオカは相槌を打つ。おそらくはここから落としてくるだろうという予感から、次の展開を話しやすくするトドオカの気遣いである。
「ところが、それは嘘だったんです。……細かい話を詰めると言って、俺は先に帰らされました。この世界の常識とかルールとかに疎かったもので。三人も、その言葉に納得した様子でした」
その日は城下町の宿屋に泊まり、仲間たちを待った。望外の結果が得られたことに、上機嫌で宿屋の女将に報告した。
冒険者時代からの馴染みの宿屋で、女将もその報告を自分のことのように喜んでくれた。
だがその日、仲間は帰ってこなかった。
訝しみつつも、議論が白熱しているのだろうかと思うくらいで、結局その日は眠りについた。
明くる朝、目を覚ましても仲間たちが帰ってきた様子はなかった。かと思えば、女将が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
これを見ろとばかりに手渡されたのは、『国家反逆罪で四人を死刑に処す。一人は逃亡中』と書かれた紙。
「女将は宿屋の裏口から俺を逃がしてくれました。どこか遠くへ逃げろ、と言ってくれたんですけど」
そう言うわけにもいかなかった。だって、身重の妻や仲間たちが死刑に処されるなんて書いてあったのだから。
「気配を消して、王宮の地下牢に忍び込みました。そこで……う、オエぇッ!」
タイガ原が
トドオカは彼の背中をいっそうさする。
「無理はせんでいい。続きはまた今度でも」
「いえ……ハァ、ハァ……忍び込んで、そこで、見たんです。守衛の兵士何人かが、いそいそと下履きを履き直しながら……牢屋から出てくるのを」
「カッとなって、出てきた兵士の頭を潰しました。入って行った兵士も、真っ二つにしました」
牢に入って彼女を抱き上げると、弱々しく唇を動かして、何かを伝えようとしていた。
「……それがなんだったのかは、
彼女を腕に抱いたまま、彼は半狂乱でその膨大な魔力を嵐のようにして、王宮の人間を皆殺しにしていった。
そして、王宮内の全ての人間を殺し終わった頃、気が付くと彼女は腕の中で事切れていた。
「他の仲間二人の死体を、そのあとで見つけました。元々殺されていたのか、俺が殺してしまったのか、わかりません」
彼らのことは、怒りで頭から抜け落ちてしまっていた。謝ろうにも、彼らはもういない。
「それで、俺は魔王と呼ばれるようになって。それからは、俺を殺しにくる相手を、ひたすら殺し続けました」
話を聞かせて欲しいなんて言ってきたのは、トドオカさんが初めてです、と。
「それはそうかもしれへんけどな。タイガ原さんのことを思っとった人はちゃんとおるよ。ほら、おむすびや。食べてみ」
「……まさか、女将の?」
おむすびに食らいつく。自分がわがままを言って再現してもらった白米の味。懐かしくて悲しくて、涙が出た。
時間をかけて咀嚼して、嚥下する。久々の食事。ここ三年間、食事をせずに魔力だけで生存してきた。暖かみが、沁みる。
「ガイドさん、なんか安らげるような魔法かけたってほしい」
「はい、わかりました」
ガイドさんの手のひらが淡く光る。その光を浴びたタイガ原は、眠りに落ちた。
「『安眠』の魔法をかけました。起きる頃には、きっと疲れも取れているでしょう。……トドオカさん?」
トドオカは何かを考え込んでいるようだった。しばらく考え込んだのちに、彼はその思い口を開いた。
「『天の鈴』、彼に使ったってくれんか」
「えっ、いいですけど、トドオカさんは帰れませんよ」
「承知の上や。それから、記憶を消す魔法ってのがあるんよな?」
「はい。……若返りの魔法も、あります」
トドオカの意図は、ガイドさんにも伝わった。彼をまっさらな状態にして、元の世界に帰す。向こうでの経過時間は1日程度だ。多少の違和感はあるかもしれないが、元通りの生活を送れる。
「では……」
眠ったままの彼に、『記憶消去』と『若返り』をかける。彼が、この世界に来たばかりの頃の状態へ。
「ですが、『記憶消去』とは言っても完全に消し去るわけではありません。蓋をする、という感じです。何かの拍子に思い出してしまうかも」
「だとしても、体が若いままなら夢やと思うやろ。……あ、そういえば『
「いえ、魔力は向こうの世界に持ち込めません。残るのは『強靭な肉体』くらいです。世界を一度救った報酬、ということにしておきましょう。少し、ささやかすぎる気もしますけど」
そう言って、元女神は懐から『天の鈴』を取り出し、空に掲げた。
「この者を、元いた世界へと帰し給え。願わくば、幸多からんことを」
タイガ原の体を光が包む。そうして一瞬ののち、彼の姿は消えた。きっと、元の世界で元通りの生活ができるだろう。
「本当に、良かったんですか?」
「帰れへんのは、あんたも一緒やろ」
「それは、そうですけども」
「たとえ帰れたとしても、心残りを二つもそのままにはしておきたくなかった。それだけや」
二つの心残り。トドオカがそのまま帰ってしまったらこの世界に取り残されてしまうであろう、彼と彼女のこと。その二つを一気に解消する手段は、これだけだった。
「だからまあ、ある程度はあんたに時間を使ったってもいい。帰るのは、その後で考える」
「考えるって……どうやって?」
「世界を渡れるような『トドオカ』を、頑張って思い出せばええ。たったそれだけの話や。そうやろ?」
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