(中)トドオカ、魔王の城へ

 魔王歴3年3月4日


 トドオカが異世界に降り立ってから、半年以上が過ぎ去っていた。


「キャアァァ!」


 猛犬の魔物がガイドさんを襲う。トドオカは『トドオカ』に変身すると、魔物めがけて拳をぶち込む。その一撃で魔物は絶命した。


「犬畜生ごときが、ワイの女に何しくさってんねんボケ!」


 ぺっ、と痰を死体に吐きかける。その『トドオカ』の後ろで、ガイドさんが恥ずかしそうにもじもじしている。


「トドオカさん、『ワイの女』って……だめですよ、帰りを待っている奥さんがいるのに……」


 しまった、とトドオカは思い、変身を解く。本来のクソ恋愛を忌避するトドオカさんであれば、女性を勘違いさせるようなことは絶対に言わない。しかし、『トドオカ』は言う。


「すみません、あの姿だとどうも変なことを言ってしまうみたいで」


「そうですか、そうですよね、はい。その、気にしてませんから、気にしないでください」


 ガイドさんは顔を真っ赤にしている。

 手遅れだった。

 そもそも半年以上を共にして、お互いにある程度情も湧いている。それが恋情や愛情になることはないとトドオカは思っていたのだが、ガイドさんの方はそうではなかったようだ。


「そういえばトドオカさん、せっかくの『トドオカ』なのに、その姿ばかり使っていますよね。他にも強そうなのはいっぱいあると思うんですけど」


「あー……そうやな。まあ、あまり強すぎる力を使うと、その力に呑まれてまうかもしれへんのでね。これで十分やっちゅうことです」


「なるほどー」


 そんな会話をしつつ歩いて、遂に魔王の城へと到着した。『トドオカ』に変身し、扉を蹴破る。


「大阪や! 魔王とか言うの出てこんかい!」


 中に入ると、既にそこは謁見室のようになっていた。もともとあった壁を全て破壊して、一つの部屋にしているようだった。屋根が落ちてきてもおかしくなさそうだが、魔力で補強しているらしい。


「何者だ」


 目の前の大きな影から、低い声が聞こえた。タイガ原さんはこんな声だったっけかと考える。スペースで一度だけ声を聴いたことがあるはずだが、あいにく憶えていない。


「ワイが何者かが、そんなに重要か?」


「そうだな。殺すだけだ」


 魔王タイガ原の巨体がトドオカに迫る。振り下ろされた拳にトドオカも拳で応戦するも、あまりの体格の差に吹き飛ばされてしまった。


「ぐぅっ、スペックが違いすぎるわ。歯が立ちそうにあらへん」


「であれば! 今こそ『トドオカ』の真の力を見せる時です! さあ! 魔王を倒せる『トドオカ』を思い浮かべて、変身しましょう!」


「それは……いや、ちょっと弱音吐いてしもただけや。このままでなんとかなるわい」


 果敢に向かっていく『トドオカ』。だが、またも弾き飛ばされてしまい、大怪我を負ってしまう。

 ガイドさんは治癒魔法をかけつつ、トドオカに話しかける。


「今こそ力を使う時ですよ! 力に呑まれて次の魔王になっちゃうかもとか言ってる場合ですか!? 死にますよ!?」


「せやなぁ……」


 そう言いつつ立ち上がると、またもその姿のまま魔王に殴りかかった。力の差は歴然で、無惨に叩き潰される。

 変身も解け、『トドオカ』はトドオカに戻ってしまった。


「こだわってる場合じゃないですよ! 死にたいんですか!? ただ『トドオカ』の記憶を思い浮かべて変身するだけ──」


 と、そこまで言ってガイドさんは気付いた。


「もしかして──んですか、それ以外の『トドオカ』を」


「覚えとるわけないやろフォロワーの悪ふざけやぞ!? いちいち全部覚えとれるか!」


 トドオカはリアルタイムで読んでいたにもかかわらずカタクリやホーディのことを忘れてしまうような男である。彼に、半年という時は長すぎた。


「記憶力が良くなる魔法とか、ないんか?」


「ごめんなさい。記憶を消す魔法とか、物覚えがよくなる魔法ならあるんですけど、忘れてしまったことを思い出すものはなくて……」


「くそっ、なんとか頑張って思い出すしかないんか」


「わたしも頑張って思い出します!」




 ※




「色々思い出してみたけど、決定打になるようなもんは思い出せんなぁ!」


「うう……このままここで死んでしまうんでしょうか……」


 トドオカは考える。もう、思い出すのは無理な気がしてきた。だから、思い出せなくても勝てる方法を──いや、勝つ必要すら、ないのではないか?

 そこに気付いたトドオカは、ある一つの『トドオカ』を思い浮かべ、変身する。


 思い浮かべたのは──自分のアカウント。


「その姿は……」


「ただの『トドオカ』や。タイガ原さん、覚えてへんか? 何があったかわからんけど、どうか話してくれんか?」


「トドオカ、さん……」


 タイガ原は10年前の記憶を思いだす。魔力による強化がほどけ、その場にくずおれた。途端に涙が溢れてきて、話すのも難しくなってしまった。


 トドオカはそんな彼の背中をさすり、ゆっくりと彼の話を辛抱強く聴いた。



 ※


 タイガ原は泣き疲れて眠ってしまった。そんな彼を見て、トドオカは心を決める。


「『天の鈴』、彼に使ったってくれんか」


「えっ、いいですけど、トドオカさんは帰れませんよ」


「いい。どうせあんたも帰れへんのやろ?」


「それは、そうですけども」


「だからまあ、ある程度はあんたに時間を使ったってもいい。帰るのは、その後考える」


「考えるって……」




「世界を渡れるような『トドオカ』を、頑張って思い出せばええ。それだけや」



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トドオカさん、異世界に行ってたんよな タイガ原 @taiga8ra

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