トドオカさん、異世界に行ってたんよな

タイガ原

(上)トドオカ、異世界へ

 2024年9月15日 日曜日


「いま、トドノベルコンテストってのをやってるんやけどな?」


 トドオカこと⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(個人情報保護の観点より検閲済み。以下、「トドオカ」とする)は妻にそう切り出した。


 トドオカはXがまだTwitterだった頃、ジャンプの感想を呟くアカウントを作った。本来はそれだけだったはずなのだが。


 トドオカは寛容な男である。記憶力を試すような『ワンハラ(ワンピースハラスメント)』だろうが、『買われたら感想書くリスト』に冗談混じりで入れたゲテモノ(トド肉、タランチュラなど)が本当に買われて食レポをする羽目になろうが、耳舐めASMR配信をやることになろうが、エッチな画像が刺さったかどうかをジャッジさせられる『トドオカさん向けRT(RP)』だろうが、ヒンメルの抱くフリーレンへの恋愛感情を読み取れなかったことを擦られようが、Fate/stay nightを語っていたら大学生のフォロワーから「それ父も言ってました」と言われようが、『おちんちん大喜利』の回答(アンストッパブルの射精者)を無限に擦られようが、そこに『面白』があるなら笑って許すことのできる人だ。


 彼が許せないのは、子どもが理不尽に辛い目に遭うこと、人やコミュニティに迷惑をかけるクソ恋愛、質問箱に来るクソ質問くらいである。


 そんな彼なので、「トドオカさんみたいな喋り方のパワハラ上司いたわ」「パワハラ上司のセリフがトドオカさんの声で脳内再生される」というところから生まれたパワハラ上司トドオカさん概念、さらにそこから派生した極道トドオカさん概念も当然許容する。


 そうして、トドノベルは生まれた。

 次いで、トドション(トドオカノンフィクションの略。当然ながら嘘)が生まれた。

 さらに、トドションシボラー(トドオカノンフィクションを絞り出す者)が生まれた。


「で、ちょうど良かったから誕生日企画の一環としてコンテストを開催したんよ。10ぐらいくるかなと思ったらさ~」


 とまで言ったところで、妻が口を挟む。


「いや30以上くるんじゃない?」


 トドオカの喉がヒュッと鳴る。実際にその通りだったからだ。なぜ本人よりも予測精度が高いのか。


「何でそんな見通し甘いの? 自分で自分の首絞めてない?」


 そう言われトドオカは泣いてしまった。彼はフォロワーが5000人を超えているという自覚に乏しい。みんなトドオカさんのことが大好きなんよな。




 2024年9月20日 金曜日


 トドノベルコンテスト締切日。

 トドオカはXに現れなかった。














「……どこや。ここは」





 突如として、彼は光に呑まれた。困惑する彼の前に、神々しさを湛えた女性が顕現する。


「ここはわたしの領域、天界です」


「領域展開……?」


 一瞬、トドオカの脳裏を呪術廻戦が過った。が、流石にこの状況でそんな話題が出るわけないと考えを改める。天界、と女は言った。つまり──、


「女神様ってことですか」


「はい」


「では女神様、私は死んだということでしょうか」


「いいえ」


 その言葉にトドオカは胸を撫で下ろす。まだトドノベルコンテストも終わっていないし、そういえば呪術廻戦は最終回まであと2話だった。その他やり残したことは沢山ある。


「あなたは、ある世界を救う救世主として選ばれたのです」


「へ?」


「その世界は、魔王の脅威に晒されています」


「いやいやいや、私、なんの力もない一般人ですけど」


 突拍子もないことを言われて、トドオカは慌ててそう言った。トドノベルに出てくる『トドオカ』ならまだしも、彼はただのトドオカだ。


「ご謙遜を。あなたについては少し調べましたよ」


 そう言うと、女神様は懐からスマートフォンを取り出して画面をトドオカに見せた。トドオカのXアカウントが映っている。


「あなたについて記された『トドオカノンフィクション』というものもいくつか読みました。ある時は17歳女子高生、ある時は50歳無職、ある時は大阪府警、ある時はパワハラ上司、ある時は極道、ある時は怪異……千変万化にして恐怖の具現。でありながら、子どもが理不尽に蹂躙されることに怒りを露わにする正義感を持ち合わせている。それがあなた、でしょう?」


「いや〜、あの、それは私ではないというか」


 フォロワーの悪ふざけのようなことを真顔で真剣に女神様が言ってくるものだから、トドオカは頭を抱えてしまう。


「……あなたはトドオカではないのですか?」


「いやトドオカではあるんですけど……何と言ったらいいかな。困ったな。説明が難しいな」


 長い時間をかけて、自分がそうなってしまった経緯を最初から最後まで説明した。


 体感にして三日三晩(それだけ長い時間を無駄に費やした気分という比喩表現。実際は数時間)ほど。ようやく『自分はただのオッサンで、トドションはフォロワーの悪ふざけで、帰りを待つ妻がいる』ということを女神様に理解してもらった。


「……なるほど」


「だからその、世界を救うなんて大それたこと、私には無理なんですよ。すぐにでも家に帰してほしいんです」


「いえ。想定外でしたが、ちょうどいいです」


「……ちょうどいいとは?」


「あなたに渡す『祝福ギフト』を決めかねていました。ですが、今あなたの話を聞いて着想を得ました」


 女神が手をかざすと、天より光の粒子が舞い降りて、トドオカを包み込む。それがあまりにも眩しく、彼は思わず目を閉じた。


「その『祝福ギフト』の名は──」


 女神は高らかに宣言する。


「──『トドオカ』!」


 体の奥底から力が溢れてくるような感覚があった。おそるおそるトドオカは目を開けると、真っ先に視界に入ってきたのは異様に太くなった自分の腕だった。驚いて、思わず喉がヒュッと鳴る。


 まさか、と思い首の辺りに手を持っていくと、ひんやりとした感触があった。確かめるように掴むと、ジャラッと音がする。それは太い鎖だった。太い鎖が、装飾品のように巻かれている。顔はきっとトドになっているだろう。


「これは『#トドアート』の……」


「その通りです。これで、あなたはただのトドオカから『トドオカ』になりました」


「で? これでワイに戦えっちゅーんか?」


 ただ純粋に疑問を投げかけるつもりだったのだが、相手に圧をかけるような言葉になってしまったことに自分で驚く。口調までもが、『トドオカ』になっている。


「すまんすまん。そういうつもりやのうてな。ちょっと聞きたかっただけなんや。ちなみに、ずーっとこのままなんか?」


「元の姿に戻ろうと思えば、戻れますよ」


「そうなん? ……おっ」


 元に戻る、と念じると腕はしぼみ、太い鎖は消え失せた。見えはしないが顔も戻っているはず。


「なんかすみません。失礼な物言いをしてしまって」


「いえ。承知の上です」


「それでその、話は戻るんですが……あの姿で、魔王と戦えってことでええんでしょうか」


「いえ。あの姿だけではありません。『トドオカ』としてあるもの全てが、あなたの力となります」


 全て、と言われてトドオカはくらっとする。トドノベルで書かれていたアレやコレ、と想像するだに恐ろしい。というか全部は把握しきれていない。

 なんならトドノベルコン締切日の午前中に天界に連れてこられたため、これからまだまだ出てくるだろう。


「これで、魔王と戦えますよね?」


「戦うどころか、私が魔王でもおかしくないですよ、コレ」


「それは……ふふ、そうでしょうね」


 ここに来て初めて、女神様が笑みを見せた。しかしそれは、やや自嘲ぎみで陰のある笑みだった。

 女神というだけあって陰があっても美しく、それどころかより美しさを強調させる。彼女を前にした男は、きっと恋に落ちてしまうだろう。

 ただしトドオカは別である。彼は『恋』などとは無縁の、そのマイノリティゆえに苦しむ男である。

 そんな彼が既婚者である理由は永遠の謎。



「では、お連れします。あなたが、これから救う世界へ。……これがわたしの、当代女神として最後の仕事です」



 女神様がそう言うと、トドオカの視界は真っ白に染まった。





 魔王歴2年7月2日


 トドオカは、異世界に降り立つ。そこは、広大な平原であった。


「ようこそ異世界へ!」


 なんて言ってトドオカを出迎えたのは、女神様だった。神々しさこそなくなっているが、顔や体の造形を見るに、彼女に間違いない。


「……女神様、何してはるんです?」


「あなたの案内役ガイドです。もう女神ではなくなったので、ガイドさんとでもお呼びください。神性を剥奪されたので直接的な戦闘能力はありませんが、治癒や各種サポート系の魔法なら人並み以上に使えますので、役に立ちますよ」


「あくまでメインは私ってことですね。それより、神性を剥奪って結構深刻に聞こえるんですけど、大丈夫なんですか?」


 トドオカがそう聞くと、女神様ガイドさんの無理に取り繕っていた表情が剥がれる。


「大丈夫ではありませんが……罰なので、仕方がないんです」


「罰、というと?」


「トドオカさんの前にも一人、救世主をあちらの世界からこの世界へ送り込んだんです。魔王を倒して平和が訪れたところまではよかったのですが、その数年後に彼が魔王となってしまったのです」


 新しく救世主を選び、そのガイドとして下界に降ろし、神性を剥奪する。それが、世界を救うどころか悪化させる要因になってしまった彼女への罰。


「要は天界から追放されたんです。トドオカさんは、それに巻き込んでしまいました。……すみません」


「謝らんでもええ。そんなことより、魔王について教えてくれるか? ある程度は知ってるはずやんな?」


「はい。彼の名は『タイガ原』。10年前に、わたしがこの世界に送り出した救世主です」


 タイガ原。その名前には聞き覚えがあった。Xにおけるトドオカのフォロワーの一人である。だが、ここで疑問が生じる。


「10年前だと時間が合わなくならんか? フォローされたのだって4年前とかやぞ」


「あちらとこちらでは時間の流れが違うんです。あちらでの1日が、こちらでは10年になります」


 なるほどな、とトドオカは納得する。それと同時に安堵した。魔王を倒すために遣わされたが、仮に100年かかったとしても10日で済む。


「タイガ原さんにはどういう『祝福ギフト』を渡したん?」


「救世主に与える『祝福ギフト』としてはメジャーな、『勇者』というものです。強靭な肉体と、膨大な魔力を得られます」


「シンプルやな。能力自体に弱点はなさそうや。弱点があるとすれば、本人由来のものくらいか……タイガ原さんのこと、そんなに知らんねんなぁ〜」


 リゼロ感想の時にフォローしてくれた人で、『買われたら感想を書くリスト』からリゼロの短編集などを送ってくれたり、たまにリプライをくれたりする人、程度。


「まあ考えても仕方ないな。それで、最終的に倒せば帰れるって事でええんよな?」


「はい。『天の鈴』を使います」


 ガイドさんは懐から小さな鈴を取り出した。それを使うと、対象一人を元いた世界に戻す事ができるのだという。


「それやと、私が帰ったらガイドさんは天界に戻れないんか?」


「罰ですから。それに、一時的に留まるだけならまだしも、神性がなければ天界で暮らしていくことなんてできません。こちらの世界で、どうにか居場所を見つけます」


「そうなんですか」


 トドオカは自分から聞いておいて、つい興味のなさそうな返答してしまう。やらかした、と思い誤魔化すために次の話題を切り出す。


「とりあえずは拠点を探さないとですね。このまま即殴り込みってわけにもいかないですし。近くに街はありますか?」


「はい! ご案内します!」


 こうして、ガイドさんとトドオカの、魔王討伐の旅が始まった──!

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