レイトショー

 二十歳を迎えた頃。おおよそ月に一度、小夜はレイトショーに足を運ぶようになった。

 ろくに下調べもしないまま十九時半頃に大型ディスカウントショップの隣にある映画館へ足を運んだあと、一番遅い時間に上映するものを選んで見る。知らないアニメのシリーズ物に当ってわけがわからないままポカンとすることもあれば、やけに深刻なテーマの洋画で頭がぐるぐるしたり考えさせられたりもした。逆にブラックコメディがふんだんに交えられた映画で忍び笑いを漏らしたり、絶え間なく襲いかかってくる幽霊に悲鳴を押し殺したり、スクリーン越しに繰り広げられる悲恋に涙し感じ入ったりもする。

 こうした宝くじのような映画の楽しさを、実のところ小夜はどうでもいいと感じていたところがある。大事なのは本編上映が始まる前の暗がりが広がっていく瞬間。それと上映が終わり、席を立ってから背筋を伸ばしたあと、ゆっくりとした足どりでエスカレーターをくだり、映画館の出入り口を潜ったあと。まばらな人の中、夜空の下に放り出されたその瞬間にこそ、生を感じる。星明かりとそれよりも遥かに大きな闇に、抱きしめられているような気がして、恍惚とした気分にさせられた。


 ★


 その日のレイトショーは普段よりも遅い二十三時頃から放映がはじまり二十五時過ぎに終了というスケジュールで、終わった頃には日を跨ぐかたちとなった。小夜はつい先程見た魔法少女アニメの終わり方の凄まじさにただただ呆然としていた。とりわけ、シアターを出て、トイレを済ませ、珍しくパンフレットを買い、エスカレーターを下り、出口からほんのりと肌寒い外気を浴びたところで、ようやく我に返り、笑みを漏らした。

「最高だったな」

「無茶苦茶むっなくそ悪かったな」

 聞こえてきた自らの心とは間逆な声に振り返れば、同年代とおぼしき童顔かつ華奢な青年が立っていた。青年もまた、小夜の声で振り向いたらしく、どことなくむっとしている。

 別の映画の感想かもしれない。そんな予想は、事前に同じ時間帯に放映している映画がないことを確認していたため、 すぐさま無へと帰した。

「お前、まじで言ってるわけ」

 心から信じられないといった体で先に突っかかってきた青年。小夜も小夜で内心、ムカッとしていたものの、

「ええ、そうですけど」

 穏やかな受け答えをしたあと、

「あなたは随分と鈍い人なんですね」

 さり気なく、それでいてはっきりと煽ってみせた。いい気分に水を刺されて、頭にきていた。

「お前こそ頭腐ってんじゃないのか。あんな結末、認めていいわけないだろ」

「お馬鹿さんにはわからないかもしれないですけど、あれ以上の幸せのかたちなんてあるわけないじゃないですか」

 こんな具合にお互いに譲らないまま口論は長々と続き、どちらも納得しないまま喧嘩別れとなった。最高の心地に横槍が入ったうえで、朝が近付いてきているのもあって、目蓋の中に浮かぶ朝日の幻影に体が震える。最悪の日だと、唇を噛みしめた。 

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