夜をゆく

 朝への怖れとは対照的に夜には親しみを覚えていた。幼い頃、部屋の電気が豆電球まで消えたあとの真っ暗に包まれるような感覚は、かぎりなく小夜の心を落ち着かせた。

 夜が好き。


 大学に入った当初の夜の訪れは、ただただ気分を良くするだけのものだったが、慣れてきたところで頻繁に下宿を抜け出すようなった。

 夜間の若い女の一人歩きは危険。一人暮らしする前から散々、親に言い聞かされていたことではあったが、朝に対して抱く嫌悪と怖れとは対照的な夜への好意と興味は、小夜を外の世界へと連れ出すに足るものだった。加えて、してはいけないことをするという快感に密やかに酔ってもいた。


 下宿から歩いて三分のところにある公園の電灯、居酒屋やコンビニの少しだけ目に痛い明かり、遅い時間帯でも盛り上がる大型ディスカウントストアから漏れる光。日がある時間帯にも存在しているそれらが、暗闇に呑まれている姿は、小さな夜という名前を持った女にはとても馴染み深く感じられた。

 ここが、居場所だ。そんなことを思いながら、半ば調子に乗り歩き続けた。時折、同年代とおぼしきチャラチャラした男たちや柄が悪げな外国人に話しかけられたり遊びの誘いを受けることもあったが、大抵は丁寧かつ短く謝って事なきを得た。極稀にしつこく追いすがられても、ひたすら繰り返した夜の散歩で覚えた裏道などを駆使して逃げきった。そして下宿に帰れば、疲れきった体を電気のついていない部屋のベッドの上に転がして、朝をやり過ごして行くのだ。

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