3-6

 馬車に乗せられ、連れてこられた王城の、一室。アンジェリーヌ曰く、王の祈祷室であるそこを改造して、七傑会議に接続するのだとか。

 しばし待たされている間に、簡単な食事を取る。肉が食べたいとか、甘いものはどうだ、なんて話した後だと言うのに、出てきたのはカロリーメイトみたいな、口の中がパサパサになる焼き菓子だった。

 それを重たい礼装を着たまま、牛乳(牛じゃないかもしれない。何だか違う獣の匂いがする)で流し込んでいると、ようやく声がかかる。

 慌ただしく祈祷室に赴いて、そこに設置されている石盤を前に、シオが何やらぶつぶつ呟いたり、撫でたりしているうちに、先ほどの『七傑の間』で起きたのと同じように空中に人が次々と浮かび上がってきた。


「うわ、わわ。さっきより多い……! ズーム会議みたい……!」

「ずーむかいぎ? いえ、七傑会議です。七人います。……あれ、六人?」


 数えてみると、シオ含めて六人しかいない。はて、と二人揃って首を傾げていると、音声が入る。


「あら、その方ですか?」

「ええ、この方ですわ」

「なーんていうか、意外と普通だね。まあ、でもシオが選んだ男って言われると、納得するかも。その辺如何ですか、タチバナ。親としては」

「知らん。私が口を出すことじゃないだろ」

「あらあら、でも、心配はしてるんでしょう? シオさんは人見知りだものねぇ。それが、いきなり男の子を眷属にするだなんて」


 ……思うのだが、


「なぁ魔女さん。『契約』って、その……一般的には、恋人と同義だったりする?」

「……まあ、その、普通は必要に駆られて契約を結ぶことはないですし……好き好んで四六時中一緒にいないと死ぬ契約を結ぶ、というのは、まあ……」


 要するに、そういうことらしかった。そりゃコンスタンツェも動揺する訳である。こんな、人見知りで生真面目で隙が多い中学生くらいの知り合いの女の子が、いきなり恋人(というより一生を共にするパートナー)とほぼ同義の存在を作ってきたら、美樹人だって動揺する。


「お、俺、魔女さんにえっちなことしないからね……!」

「わ、分かってます。変なこと言わないでください」


 こんな幼気な女の子に手を出すなんて、流石に一般に猿扱いされる男子高校生とてできない。そう宣言すると、シオは顔を真っ赤にしてばちっと美樹人の二の腕を叩いた。可愛い。あ、これは慈しみなのでノーカウントです。


「……なんか大丈夫そうだね。僕、勘繰りすぎていたかも」

「仕方ありませんわ。だってシオですわよ?」

「お姉様、その言い方はちょっとシオに失礼ですよ。……まあ、気持ちは分かりますが」

「孫が恋人連れてきたら、こんな気分になるのかしらねぇ。孫、いないのだけれど。うふふ」

「……ジョークのつもりで言ったのなら、モルガン、ババアジョークは若者にキツいからやめてくれ」

「あらあら、ごめんなさいね」


 賑やかである。もっと厳かな会議を想像していたのだが、何か、これ、


「近所のおばちゃんたちだ……」


 井戸端会議である。


「誰ですのうら若き乙女をして『おばちゃん』呼ばわりしたのは」

「シオ、眷属の躾はちゃんとしなければなりませんよ」

「細かいこと気にするよねー、今時の若いのは」

「お前だって『今時の若いの』だろ、シモーヌ」

「私から見れば、全員赤ちゃんよ。可愛いわねぇ」

「ご、ごめんなさい。悪気はないんです」


 慌てて平謝りするシオだった。

 いや、でもだって、この会話はどう聞いても井戸端会議である。今って世界の危機なんじゃないのか。こんな会話してて大丈夫なのか。その疑問に答えるように、一人が大きなため息をつく。


「それで? タニアはいつ来る」

「遅いですわねぇ」

「まあ、あの方、細かい作業が苦手でいらっしゃるから……」

「いい加減、会議にはちゃんと出席してほしいよね~」

「まあ、誰にでも苦手はあるものよ。タニアさんが来るまで、シオの眷属に挨拶でもしていましょう」


 おっと、矛先がこちらに向いた。魔女の中でも一際老齢に見える、終始目を閉じたままの女性が、美樹人に話しかけてくる。


「初めまして、私はモルガン。『辰砂しんしゃわに』の名を賜りました。今は、学術都市バートンの学長を務めているわ。うふふ……見て分かる通り、七傑の魔女の中では最年長。おばあちゃんよ」

「あ、青葉美樹人です。美樹人、が名前です。ええと、色々あって、魔女さんに命を助けてもらいました。よろしくお願いします」

「命を助けた? どういうことですの、シオ?」

「あらあら、まずは自己紹介よ、コンスタンツェさん」

「う……」


 今度はコンスタンツェだ。確かに、ちゃんと名乗られてはいない。


「コンスタンツェ・バイエルンですわ。『真珠の鷹』の名を賜っております。港湾都市バイエルンにて、妹のゾフィーと共に渉外を担当していますの」

「はい、お名前を出していただきました、ゾフィー・バイエルンです。『瑪瑙めのうの鷲』の名を賜っています。ミキト、よろしくお願いしますね」

「あ、はい。どうも」


 コンスタンツェとゾフィー。顔がそっくりだが、髪型と喋り方が違う。見分けるのは、そんなに難しくなさそうだ。


「それで? 助けたというのは?」

「あーっと、魔女さん、コレ言っていい?」

「ええと、まあ、皆さんになら」

「じゃあ……あー、何か、朝学校に行こうとして、家出て、気付いたら魔女さんの家の裏で死にかけてました。それを、魔女さんが何とかしてくれた感じです」

「……何ですのそれ」

「興味深いじゃないか。もっと詳しく……おっと、自己紹介するんだった」


 次に出てきたのは、赤い髪を三つ編みおさげにした女性だ。丸眼鏡をかけていて、同い年くらいに見える。


「私はシモーヌ。『珊瑚の蛇』さ。アレクサンドリア図書館の館長をしている。それで、ミキト。君はどこから来たんだい?」

「日本です」

「ニホン……なるほど、異世界か」


 どうやら、一を聞いて十を知るタイプのようだ。ぶつぶつと何やら呟き考え込み始めたシモーヌを押しのけるように、最後の一人――タチバナ、と呼ばれた、女性が出てくる。その顔は、表情こそ違えど、


「魔女さんそっくり……」

「違うな。シオが私に似ているんだ」

「姉妹的な? それとも親子?」

「似たようなものさ。私はタチバナ。『琥珀の鹿』。要塞都市ヴェーバーにて、相談役を任されている」

「それから、遅れていらっしゃいますけれど、もう一人、タニアという方がいますわ。彼女は『黄金こがねの獅子』。グールド共和国の国立神授種狩猟部隊の隊長を務めていますわ」

「はあ……」


 七人って、結構多いな。美樹人は困惑する。ええと、モルガンが校長先生で、コンスタンツェとゾフィーが渉外で、シモーヌが図書館長で、タチバナが相談役で、タニアが……何だっけ?


「国立神授種狩猟部隊、ですよ」

「あーそうだった。ありがとう魔女さん」


 長ったらしくて、すぐに忘れてしまいそうだが。

 美樹人が七傑の魔女の顔と名前と役職を一致させている間に、タチバナが舌打ちをする。


「チッ……タニア来ないぞ。もうアイツ抜きで始めないか」

「そうですわねぇ……流石に、そろそろ真面目な話しないとまずいですわよね」

「情報は一応まとまってるので、すぐにでも始めていいんですけれど……」

「始めちゃおう始めちゃおう。どうせタニアがヘソ曲げることなんて中々ないんだからさ」

「あら、そう? それじゃあ、私から話してもいいかしら?」

「どうぞ、モルガン先生」


 どうやらタニア抜きで会議を始めることにしたらしい。いいんだ、それ。と思いつつも、美樹人は黙っておくことにした。これは『七傑会議』。おそらく、眷属が入っていいものではないのだ。


「状況からして、これは明らかな攻撃だわ。何者かが、儀式の妨害をしている」

「バージェス神殿の被害状況から見ても、間違いなさそうだね」

「問題は、何故……ということですわね。犯人が魔女であることは疑うべくもないことですけれど、動機が分かりませんわ。魔女であるならば、儀式の重要性は分かっているはず」

「人間も魔女も色んなヤツがいるだろ。魔女は絶対に破滅願望を持ってないなんて、どうして言える?」

「たかが個人の破滅願望で儀式を妨害するんですか?」

「そういうことも、ないとは言えないけれど……私としては、もっと別の理由があると思うわ」

「お得意の占いか、モルガン?」

「ええ。海から来る者が災いを齎す、と」

「『海から来る者』? バルチカ人のことですの?」

「バルチカ人が結界を破るほどの魔術を使いこなすとは思えないわ」

「全く考えられない訳でもないけどね。突然変異とか。その辺りどうだい、タチバナ」

「バルチカ人にそんなヤツがいるなら、二年前の侵攻で見たと思うんだがな。バルチカ人は基本、搦手を使わない。定期的な侵攻があるのは、ヤツらが戦いを好む民族だからだ。戦いが好きだから、戦いを仕掛ける。アヴァロニアに明確な敵意がある訳じゃない。もちろん、中にはそうじゃないヤツもいるだろうがな」

「なら、一体何者なんでしょうか。その、『海から来る者』というのは」

「僕の私見を述べても?」

「シモーヌさんの私見でしたら歓迎いたしますわ」

「ありがとうコニー。それじゃあ言うけど、僕は第三の民族説を推すよ」

「え……だ、第三の、民族? この世界のヒトって、アヴァロニア人とバルチカ人しかいないんじゃ、ないんですか?」

「おや、ようやく喋ったね、シオ。うん、通説ではそうなんだろう」

「含みがある言い方ですね。何か根拠がおありになるんですか?」

「根拠っていうか、行間を読んだって感じかな。昔からぼんやり考えていたことだけど、今回の件であり得るかもなって思ったんだ。まあ、聞き流してくれても大丈夫だよ。僕も、可能性がある、程度にしか思ってないから。もっと確信が持てたら詳しく話そう」

「お願いしますわ。では、犯人の動機についてはシモーヌさんに任せるとして……これから、この大陸をどう運営いたしますの?」

「儀式の失敗は、今までに何度かあったわ。私も一度、経験している。その度にアヴァロニアには危機が訪れたの」

「具体的には?」

「神授種を含む資源の枯渇、それによる国力――主に軍事力ね――の低下。そして、その隙を逃さないバルチカの侵攻ね」

「やはりバルチカか……」

「各国の貯蓄はどんな感じだい、バイエルン姉妹」

「キュヴィエ、グールド、スワン・ルルは何とか一年保ちますわ。ただ、問題はウォルコットですわね」

「情けない話ですが、ウォルコットは二年前の侵攻の影響でカツカツです。今も各国から資源を融通してもらって何とか……という状況なので。次にバルチカの侵攻があれば……タチバナさん、どうですか?」

「追い払えはするだろうさ。私も出るからな。ただ、その後が問題だ。当然だが、輜重に回した分だけ、資源は足りなくなる」

「……やるべきことを整理しましょ。まずは、防衛。それから、資源の確保。この二つが喫緊の問題ね」

「防衛は私がいる。一番の問題は資源だろ」

「その二つはもちろんだけど、犯人を野放しにしておくこともできないよ。被害が広がるかもしれない」

「私が各国に呼びかけて、ウォルコットの輜重を確保いたしますわ」

「では、私が食糧流通の調整をしますね。モルガン先生、シモーヌさん、『ワルプルギスの夜』以外で『鋼の虎』が降臨することはあり得ないんでしょうか? 何らかの方法があるのでは?」

「いやー、考えたこともないね。でもまあ、『鋼の虎』はシステムだ。似たようなものを構築することは……うーん、できると思う、モルガン先生?」

「何事も、やってみなければ分からないわねぇ。考えてみましょうか」

「よーし、二つの問題は担当が決まった。それじゃあ、最後は……」


 シモーヌの言葉に、五人の視線が一斉にシオを見た。美樹人も釣られてシオを見ると、シオは、冷や汗を垂らしながら縮こまった。


「シオ……犯人探し、できる?」

「できますの?」

「できますか?」

「できるだろ」

「できるわよ。ねぇ?」

「あ、あ、あ……」


 目がぐるぐるしている。美樹人も話の全部を理解できている訳ではないのだが、要するに、逃亡中のテロリストを捕まえて来い、と言われているんじゃないだろうか、これ。


「魔女さん、できないことはできないって言った方がいいよ。聞いた感じ、ほら……えっと、タニア? さん? がまだ担当決まってないみたいだしさ。強いんでしょ、タニアさんって」

「タニアは強いけど細かい作業が苦手だからなぁ……捕まえた犯人が生きてるかどうか……」

「生け取りって細かい作業に入るんですか!?」

「あのですね、ミキト。タニアさんの魔法は、何と言いますか、こう……ドッカーン! みたいな」

「爆発音!?」

「シオさんに任せるのは不安だけど、タニアさんだけに任せるのはもっと不安なのよねぇ」

「シオとタニアさん、仲はよろしかったですわよね? 協力できませんこと?」

「う、え、あ……」


 冷や汗ダラダラである。こんな幼気で色々不安な女の子が協力しなければならないほど、タニアという魔女は大雑把なのか。そんなことある? 大雑把のレベルじゃなくない?

 美樹人がドン引きしていると、シオがぐっと目元に力を入れた。あ、これ、絶対やるって言うだろうな。


「や、やります。犯人、見つけます」


 ほらやっぱり。どこからどう見ても探偵役も刑事役も似合わないくせに、責任感だけは強いと言うか、何と言うか。美樹人は思わず頭を抱えた。シオがやるということは、美樹人もやるということである。離れれば死ぬのだから。


「よし。それでは、頼んだ」

「無理はしないように、気を付けるんですよ、シオ」

「何かありましたら、すぐに連絡なさって」

「タニアには話をつけておくよ。とりあえず、明日は学園都市ドルビニへ向かってくれ。あそこは技師が多いから、ポータルの回復も早いと思う。ポータルが復旧したら、ドルビニからエレノアへ行って、タニアと合流してくれ。いいかい?」

「は、はい」

「今日は王城に泊めてもらって、ゆっくり休むのよ。それでは、今日の会議はこれで終わりにしましょうか」

「ええ。まあ、お互い頑張りましょう」

「お疲れ」

「だから、これから疲れるんだってば」

「はいはい、もう切りますわよ~。後は個人的におやりになって」

「それじゃあ……散会!」


 ぶつん、と空中に浮かんでいた魔女たちが掻き消える。途端に床に座り込んだシオに、美樹人はやれやれと首を振りながら手を貸した。

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