3-2
白い壁、細やかな彫刻、掲げられた色とりどりのタペストリー。荘厳な空気に足がすくむ。正しく神殿といった様相のバージェス神殿は、王都の奥の奥、まるで守られるように佇んでいた。
何人もの神官に迎えられ、回廊を歩く。奥へと進むほどに空気は冷たく澄んでいく。それが神聖さのように感じられて、美樹人は密かに生唾を飲んだ。
やがて、神官たちは一際美しい扉の前で足を止めた。美樹人たちもそれに倣う。すると神官の──恐らくこの中では最も位が高い──一人が振り向き、シオに恭しく頭を下げた。
「こちらが、バージェス神殿の『七傑の間』です。どうぞ、お入りください」
「はい。案内に感謝します」
シオは毅然とそれを受けると、美樹人を振り返って少しだけ眉を下げる。
「少しの間、扉の前で待っていていただけますか。一応、その……七傑の魔女以外は入ってはいけないのです」
「あー、うん。もちろん大丈夫。頑張ってきて」
「はい」
聖域のようなものだろう。神社や寺にだって立ち入り禁止区域はある。美樹人が頷くと、シオは安堵の笑みを浮かべた。ちょっと可愛い。
しかしすぐに真剣な表情に戻って、扉の前に立つ。神官たちはそれを認めると、扉を厳かに開けた。
「……それでは」
青く輝くランプが、白い壁を照らしている。中は広く、床に複雑な魔法陣が描かれていた。その中心に、石碑のようなものが設置されている。
神官たちが揃って頭を下げる。シオが部屋の中へ入っていく。美樹人には、まるでそれ自体が儀式であるかのように思えた。
ゆっくりと、扉が閉められる。向こう側へ消え行くシオの背中が酷く頼りなく見えて、美樹人は何か声をかけようと口を開いた。
「――」
役割とか、色んな重圧に潰されてしまわないか。何故かそれが、心配になって。
けれど、何を言うべきか分からなくて。結局何も言えないまま音を立てて扉は閉じた。神官たちが再び扉に向かって一礼する。美樹人はその様子を、一歩引いて見ていた。
ふわり、と何処かから風が吹く。冷たいそれは、どこか金属の匂いがした。
▲ ▲ ▲
「……あー、テステス。テステス。こちらヴェーバーはエーランド神殿のタチバナ。聞こえているか? 聞こえているなら返事をしろ。順番にな。一度に喋るなよ。一応名前と場所も言っていけ」
「えー……こほん。こちらバイエルンはキネクレー神殿のコンスタンツェ、聞こえていますわ」
「同じくゾフィー。聞こえています。タチバナさんが一番乗り? 珍しいこともあるものですね」
「人を遅刻魔のように言うのはやめろ。私が七傑会議に遅れたことなど一度だってないだろ」
「遅れたことは一度もありませんけれど、無断欠席は何度かありましてよ。偉そうにできる立場ではありませんわ」
「あの……ええと、こちらクレティアンはバージェス神殿のシオ。聞こえています」
「ああ、シオ。災難だったな、お互い。無事王都に到着できたようで何よりだ」
「話を逸らしましたわね……。シオ、怪我はなくて?」
「はい、特には。お久しぶりです、お三方」
「ええ。確かに久しぶりですわね」
「去年のワルプルギスの夜以来だから、一年振りだな」
「もう少し頻繁に会ってくれても良いんですよ? ヴァランシエンヌの森が居心地良いのは分かりますが」
「……すみません」
「ああいえ、怒っている訳では」
「もしもーし、こちらシモーヌ、入ったよーん」
「あらあらシモーヌさん、場所を言わないと。こんにちは、バートンはパセット神殿のモルガンですよ。シモーヌさんも一緒。皆さん、元気かしら?」
「モルガン先生! ええ、わたくしもゾフィーも息災ですわ」
「特に体調を崩したりはしてないな」
「あ、私も、至って健康です」
「あら、じゃあ皆元気なのね。それは良かったわ。健康が一番だもの。この歳になるとそれが身に染みて……」
「失礼、モルガン。その話は長いか?」
「あら、そうだったわねぇ。そうそう。こんな話をしてる場合じゃないのよね。問題は山積み。力を合わせて、一つずつ何とかしていきましょうね」
「お待ちになって。まだタニアさんが来ていませんわ」
「あいつはもうほっとけ」
「あ!? 何よタチバナ! 入るなりほっとけとは何!?」
「あ、来ました」
「来ましたわね」
「来たな」
「普通に遅刻、だね」
「相変わらず、細かい作業が苦手なのねぇ、タニアさん」
「お久しぶりです、タニアさん」
「お、久しぶりね、シオ! 相変わらず辛気臭い顔してるわね!」
「うっ」
「喧嘩売ってんのか?」
「あ?」
「あ?」
「まあまあ、落ち着きなよタチバナ。君とシオじゃ表情がまるきり違うんだからさ」
「同じ顔した人間が同じ表情してたら気持ち悪いだろ」
「それもそう。シオがタチバナと同じ表情するようになったら僕泣いちゃう」
「えっ」
「はいはい。喧嘩も無駄話も後になさって。問題は山積みだとモルガン先生が言ってらしたでしょう。会議、しますわよ」
「お姉さまの言う通りです。ほらほら、タチバナさんとタニアさんは睨み合うのやめてくださいねー。と言いますか、通信越しにどうやって睨み合ってるんです?」
「あらあら、ゾフィー、あなたも脱線してるわ。うふふ、七傑会議はいつもこうねぇ。解決したらバートンに集まりましょ。お茶会がしたいわ」
「先生も脱線してるじゃありませんか……んもう! こほんこほん! 皆さん、注目、注目! かーいーぎ、はーじーめーまーすーわーよー!」
「ごめんなさい、お姉さま」
「はいはい悪うござんした」
「ご、ごめんなさい……」
「あらあら、ごめんなさいねぇ」
「ごめんごめん、つい楽しくてさ」
「悪かったって。許してコニー」
「真面目に会議ができればそれで良いですわ。さて、どなたから話しましょうか。アヴァロニア全土の被害状況を把握してる方、いらして? タチバナさんはいかがですの?」
「全土とまではいかないが、ある程度は連絡が来てる。多分ポータルは全滅してるな。生きてるって情報はヴェーバーには一つも入ってきてない。シモーヌ、そっちは?」
「同じ。どうやら龍脈がバカになってるらしい。バートンお抱えの技師が頭抱えてたよ」
「龍脈が、ですの?」
「ええ。魔力の流れが阻害されているらしいわねぇ」
「それって、かなりヤバいんじゃないの?」
「かなりどころか滅茶苦茶にヤバいだろ。龍脈が乱れれば神殿も機能不全に陥る。ワルプルギスの夜どころじゃないぞ」
「シモーヌ、原因の特定は?」
「まだ時間がかかる。少なくとも今晩には間に合わないね」
「じゃあどうします? ワルプルギスの夜が正常に行われないと、問題が山積みどころじゃありませんよ」
「一年程度ならどうにかできなくもないが……モルガン先生、何かないかい?」
「あんまり良い手段ではないのだけれど……エディアカラ神殿にいなくても、儀式を執り行うことは可能よ。理論上は、だけれど」
「何だ、できるのか」
「そんな話、聞いたことありませんけれど……」
「だってやったことないのだもの」
「ないの?」
「それ、本当に大丈夫な手段ですか?」
「理論上はねえ、大丈夫なのだけれど……まあ、何もしないよりはましってところかしら。……シオさん、大丈夫? ついてきているかしら?」
「あ、は、はい。何とか。その……どのような手段なのでしょうか、モルガン先生?」
「ほら、エディアカラ神殿を中心にして、他の神殿は配置されているでしょう? だから普段の儀式を拡張する要領でエディアカラ神殿に魔力を送るの。方角さえ間違えなければ、問題なく術式は起動するはずよ」
「待ってくれモルガン先生。滅茶苦茶に疲れないかい、それ?」
「そうねぇ、普段使う魔力の三倍は要るわねぇ」
「疲れるどころの騒ぎじゃありませんわね」
「シオが干からびるぞ」
「う、すみません……」
「シオだけじゃなくて私たちも干からびますよ。ただでさえ儀式は全力なんだから」
「ゾフィーの言う通り。やるにしたって規模を縮小しないとアタシたち全滅よ」
「まあ、そうなのよねぇ……でも他に何も思いつかないし」
「復旧はどうしても無理なんですの?」
「ヴェーバーは無理だな。技師を集められるだけ集めたが、概算で二日はかかるとか言ってる」
「バートンも大体同じ状況かな。色々文献もあたってみたけど、物理的に無理という結論に達した」
「タチバナさんとシモーヌさんがそう言うなら無理ですね。……じゃあ、皆さん覚悟を決めて干からびます?」
「嫌よ、まだ死にたくないもの。今年だけ規模を縮小して何とかならない?」
「ぜ、全滅すると、来年が大変かと。七傑の再選定が滞りなく行われたとしても、儀式のノウハウが失われてしまう、ので……」
「……シオの言う通りですわね。ワルプルギスの夜は今年だけではありませんもの。できる範囲で、儀式を行うのがよろしいかと思いますわ。どうでしょう、モルガン先生?」
「そうねぇ。私たちの使命は、『鋼の虎』を正しく運用すること。それが途切れてしまっては、元も子もないわねぇ」
「生きてさえいればできることもあるだろうしね。それじゃ、今年のワルプルギスの夜は規模縮小で行う、ということで。各国への通達は、バイエルン姉妹、例の如く君たちにお願いしても?」
「ええ、任せていただいて結構です。ねえお姉さま?」
「もちろんですわ。それがわたくしたちの仕事ですもの」
「よろしくお願いするよ」
「よし、話は纏まったな。なら七傑会議はこれで終了。各自、全力で挑むように。お疲れ」
「これから疲れるんだよ、タチバナ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます