努力しそして歳月は流れ

 毎日欠かさず剣の稽古と魔法の練習を重ねていき、代わり映えのない日常が過ぎていった。

 月日は流れ、十年の時が経つ頃。


 自室の鏡に映るのは白髪の少女。

 水晶のような瞳と白い肌が印象的だ。

 華奢に見える身体は、しかしきちんと鍛えられていることが分かる。


 「あの頃から随分と成長しましたね」


 それはフェリシア=シュバルツァー本人だった。

 どこか見覚えがあるような気がしたが、毎朝見ているので当然だった。自分の顔だし。


 「父さんが待っているようですね。そろそろ私も庭に行きましょうか」


 剣を携えて庭に行くと、両親がそこにいた。


 「おはよう、フェリ」


 「母さんもいるなんて珍しいですね」


 「今日は特別よ」


 「特別?」


 疑問を浮かべると、父が答えてくれた。


 「昨日まではこの庭の範囲で稽古をしていた。だが、実際の戦いはこんなに狭い空間でやらない。だから──────」


 「〈空間伸縮アルバス〉」


 母の両手が青に染まる。

 その手で何かを拡大するような仕草をすると、庭がどんどんと広がっていった。

 いや、空間が引き伸ばされていると言った方が正しいか。

 実は我が家の庭はそこまで広くないのだ。だから、何故こうするのかは簡単に理解出来た。

 母は帝都魔術師の幹部であり優秀な魔術師なのだと、改めて実感させられた。


 「これで実践と同等の戦場が出来上がった。準備はいいか?」


 父は堂々と剣を構える。その表情は我が子に対するものではなくなっていた。

 敵を射抜くが如く鋭い視線、それだけで身震いをする。

 それに対して、こちらも凛然として剣を構えた。

 あれから十年が経った。もう木剣ではない。


 「いきます」


 息を吐きつつ、間合いを詰めて喉元目掛けて突きを放つ。

 それを父は受け流して下に落とし、そのまま首を斬らんと剣を横に振る。

 しかし、下に落とされた反動で跳ねた剣を利用して、ギリギリでそれを防いだ。


 一旦距離を置く。


 「殺す気ですか?」


 「あの時、手加減はしないと言ったはずだ」


 互いに不敵な笑みを浮かべた。


 「望むところです」


 再び間合い詰める。しかし今度は正面に行くと見せかけて急旋回。父の背後に回り込み、その勢いを剣に乗せて回転するように横に一閃。


 「いい動きだ」


 それに対して父は、余裕を持って剣の側面で受け止めた。

 金属がぶつかり合い、鋭い音が鳴り響く。


 「性別ゆえに力は劣るが、柔軟さを活かした鞭のようにしなる剣先。工夫したな」


 「喋る暇がありますかっ!」


 このままでは押し負けてしまう。

 ならばと思い、即座に片手で腰に差している鞘を抜き、父の剣を押す方向に沿うようにそれで弾いた。


 前に押す力が働いていた父はやや体勢を崩した。

 そこを狙う。

 だが、普通に振ればまた受けられるだろう。

 手加減はしないと言いつつも父は攻めて来ず、余裕を持って攻撃に応じている。油断している、あるいは品定めしているといったところか。

 ならば──────


 「はぁっっっ!」


 気合いを入れて最短で剣を横に振った。

 それを再び受け止めようと父の剣が動く。

 しかし、鉄の音は響かない。

 それを見越した上で、横に振った剣を自分の元まで一度引き、逆方向から首を狙うように一閃。


 いわゆるフェイント。まだ本気になっていない今だからこそ狙えた隙。

 それは見事に成功したが、狙いの首には触れられなかった。


 その代わり、父の頬が少し裂けていた。


 「──────よくやった」


 父は微笑んだ。身長差ゆえに斜め上に斬り上げる形で振った剣は、咄嗟にそれを避けようとした父の頬を掠めたのだ。


 声にならないほどの達成感と嬉しさが込み上げてくる。

 十年の努力は実を結んだのだ。

 帝国騎士団長に一撃を与えたとなれば、これほど誉なことは無い。


 「極めた──────と言うにはまだ遠いが、それでも騎士団の上位には食い込むくらいには上達している。強くなったな」


 その言葉が異様なまでに心に染み入る。

 泣きそうなのを我慢して、少しだけ涙が頬を伝った。


 庭の広さが元に戻った。


 「で、これからどうしたい?」


 母が問うてきた。

 これから───というのは、このまま帝国騎士団に入るか、その他の道を探すかの話だ。


 「帝都剣魔学院に行くことにします」


 「あそこは性別の固定概念が凝り固まった場所だ。教師陣はともかく、特に生徒がな。剣を使うフェリシアには厳しい道になるだろう。

 やめておけ、とは言わん。ただ──────」


 父が言う。かつて剣の道を選んだときも、同じ顔をしていた。しかし、昔と違うことといえば、


 「打ち勝つ自信はあるか?」


 「満ち溢れるほどに」


 「それでこそ私たちの子ね!」


 数日後──────


 「もうすぐか」


 玄関で靴を履く。

 腰には剣を携え、白を基調とした服で身を包んでいる。

 手に持ったアタッシュケースには、母が内部の空間を拡張してくれたため、質量を無視して全ての荷物が入っている。

 帝都剣魔学院は帝都の中心地にあり、帝都の端にある我が家からは、馬車を使って移動することにした。


 「「行ってらっしゃい」」


 「行ってきます!」


 ドアを開け、両親から見送られながら、私は待機していた馬車に乗った。

 

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