決意は原動力となって

 剣を習うと決意した日は、身体の調子が回復しなかったのでゆっくりと休んだ。


 そして翌日の朝。

 庭にてお父さんと俺は向かい合っていた。


「剣というのは武器だが、その一振にお前の命が預けられている。当然、相手の命もだ。剣舞などの見世物と違い、剣術は己を守り、人を殺す手段だ。それを忘れるな」


 いつものお父さんとは違い、凛々しい顔つきで俺に剣術の概念を教えてくれた。

「人を殺す」とか、五歳の子供に教えていい話ではないのに、わざわざストレートに言うということは、それだけ熱が入っているのだろう。


「今日からこれがお前の剣だ」


 お父さんが渡してきたのは木製の剣だ。

 見た目以上にがっしりしていて、折れる心配をする必要はなさそうだ。


「父さんもこれだ」


 お父さんも木製の剣を持っていた。


「こっちの方が材質が脆く、折れやすい。だが、脆くても技術でカバーして充分に戦うことが出来る。今日から鍛錬を重ね、この剣を折ることが出来たなら及第点だ」


「分かった」


 俺は真剣な表情で返事をすると、お父さんはニカッと笑った。


「いいぞ。気の強さは剣士にとって必要不可欠だ。その勢いで、まずは基本を覚えよう」


 それから、お父さんは基本の構えと剣の振り方を、手取り足取り俺に教えてくれた。


「重心を前に置きすぎている。少しだけ、前だ」


「はい」


「余分な力を抜け。剣を振り切る瞬間にだけ手を締めろ」


「はい!」


 そうやって何分も構えたまま静止したり、何十回も木剣を振ったりした。

 回数を重ねるごとにコツを掴んでいき、最初よりも遥かに上達したのが自分でも分かった。


「よし、いい感じだな。父さんはもう少しで任務に行かなきゃならないから、最後に一回模擬戦をして終わろう」


「模擬戦!?」


「そうだ。さっきまでやった基本を意識し、充分に活用して掛かって来い」


「分かりました!」


 いわゆる師匠的な存在が居ると、自然と言葉遣いが丁寧になっていくような気がする。

 そんなことは置いといて、まずは目の前の模擬戦のことを考えなければ。


「準備が整ったら来い」


 お父さんは剣を片手に持って待っている。

 それに対して、俺は両手で柄を握った。


「ふっ!」


 しっかりと呼吸をし、間合いを詰めて剣を上から振り下ろす。

 それはあっさりと受けられた。当然といえば当然なのだが、なんか悔しい。


「詰め方は良いぞ。だが、狙いが定まっていないな。ただ漠然と振るだけじゃ当たるものも当たらない」


「はいっ!」


 そう言いながら、お父さんに掛かっていく。

 上から、下から、横から、斜めから、突きも入れたり、少しフェイントを掛けたりもした。

 それでもお父さんは冷静に剣で防いでいき、その度にアドバイスが飛んでくる。


 凄く疲れるけど、楽しい。

 前世では肉体的な疲労すら感じることが出来ない程身体が弱かった。

 でも、今は動く。狙った場所に手が、思ったように足が動く。

 だから、何度でもお父さんに掛かることが出来る。


「そこまで」


 そう聞こえて、俺は手を止めた。


「初日にしては良い動きだ。さっき言ったことを忘れずに、これからも頑張るといい」


「ありがとうございます!」


 こうして、今日の稽古は終わりを迎えた。

 一時間の休憩を取って、その後、いつもの言葉遣いのレッスンが始まった。


「先程の剣術の稽古で、多少の敬語は身についたかと思います。ですので、今回は雑な言葉を丁寧に変換していきましょう」


「よろしくお願いします」


 ただ繰り返し言わせるだけでは限界だと感じたのか、新しい方法に変えたようだ。

 瞬間、リズルの顔が野蛮なものに変わった。


「おう! テメェらなにガン飛ばしとんじゃあ! 名乗り出ろやボケどもがぁ!!!!!」


「.........えぇ!?」


「『えぇ!?』ではありません。さあ変換してみましょう」


 こう、もっといい文章があったのではないか?

 いいや、リズルの性格上、一度やってしまった以上もう引けない。ずっとこれをやるつもりだろう。

 なら、俺は真面目にこれを変換するのみだ。


「すみませんが、あなた方は何故私を睨めつけるのでしょうか? ......あとは省きます......」


「八十二点」


「難しくありませんか?」


「及第点です。完璧にしろとは言われておりませんので、このくらいで良いでしょう。さぁ、次に行きましょう」


 これでいいんだ。


 その後一時間は、傍から見れば怒鳴られ続けているような状況が続いた。


 今日のやるべき事は全て終わり暇な時間が続いたので、その間に魔法の練習もすることにした。

 お母さんから魔法についての本を数冊貰い、それを何度も読み込んでは実際にやってみるのを繰り返した。

 

「大気中の水分が一点に集まって、それが固まるのをイメージして............」


 両手の平を丸めて、球を作るようにする。

 そして魔力を手に集中させて、その魔法名を呟いた。


「〈氷結フリス〉」


 当然何も起きなかったが、僅かにひんやりとした感触があった。成功に近付いているのかもしれない。

 これは本に書いていたのだが、魔力というのは尽きる度にその最大量が増えていくらしい。

 魔力は魂から出るもので、それが尽きると魂は生存本能的なので魔力を前よりも多く精製するようだ。

 肉体と同じで、魔法を使って魂を鍛えれば鍛えるほど魔力は増えていく。

 器に対しての魔力量が少ない俺なら、諦めず魔法を使い続けることで、いつか一つくらいは魔法を使えるようになるかもしれない。


 数分の休憩を挟んで、今度は別の魔法を試してみる。


「〈鈍化ダレア〉!!!」


 これは対象を鈍くする、いわゆるデバフ魔法。

 人に使えば動きが鈍くなり、物に使えば性能が悪くなる。

 今回は木剣に使ったので、強度が落ちるようなのだが、どうだろうか?


 俺は木剣を床に軽く叩きつけた。

 ゴンッという鈍い音がなった。


「えっ、そういうことじゃないよね?」


 鈍い音は元からのもので、それ以外に変化は感じられなかった。


「よし。次は─────────」


 そうやって一日が過ぎていく。

 五歳の身体にはハードだったが、それでも楽しく過ごしていける気がした。

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