いずれ過去を拭い去る

 目が覚めると、ようやっと見慣れた天井があった。

 そして、心配そうにこちらを見るお母さんの顔もあった。


「大丈夫?」


 一瞬、そう言われた意味が分からなかったが、意識が明確になっていくと共に、過呼吸になって倒れたことを思い出す。


「......うん」


「よかった......」


 お母さんは深く息を吐いた。

 心配してくれたという事実が、俺の心に温かさを与えてくれるような気がした。


「お父さんは?」


「任務に行っているわ」


 どうやら日を跨いだらしい。

 お母さんの声が少し疲れていることから、朝までずっと付きっきりで看病していてくれたことが窺える。


「ごめんなさい......」


「いいのよ、あなたが無事でいてくれれば」


 すると、コンコンコンと軽いノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


 俺がそう言うと、入ってきたのはメイドだった。

 彼女の姿を見るといつもレッスン・・・・を思い出してしまうので、ほんの少しだけ顔を顰めてしまった。

 彼女は逆に、俺の顔を見ると安堵したようだ。


「よかった......」


 先程お母さんから聞いた言葉を、同じ語調で発する。

 彼女もまた、同じくらい心配してくれていたのだろう。


「オフィーリア様。あとは私にお任せして、暫くは休んでいて下さい」


「そうね。任せるわ」


 お母さんがゆっくり俺の部屋から出ていく。

 それから暫くの間は、静かな時間が続いた。

 天井を見つめる俺と、大切そうに俺を見つめるメイド。

 ただ、時折目が合ってお互い微笑むことが数回あった。


「そういえば、あなたの名前を聞いたことがありませんでしたね」


 両親が彼女を名前で呼んだのを見たことがなかった。

 ふとそう思ったので訊いてみると、メイドはふふっと笑った。


「今は丁寧でなくて良いですよ。私の名前はリズルです」


「リズル......良い名前だね」


「ありがとうございます」


 たった少しの会話だったが、気絶から覚めた俺にはそれが精一杯だった。


 もう暫くすると、リズルが何かを聞くような仕草をした。

 それと同時に、彼女の顔は険しいものになっていた。


「お嬢様。心の準備を」


 そう言い残して、彼女は部屋を立ち去った。

 交代するようにお母さんが入って来る。

 お母さんもまた、険しい表情をしていた。


 俺は何が何だか分からずに居ると、お母さんが口を開いた。


「よく聞いて。大切な話よ」


 大切な話──────

 例えばめでたいことがあったときに、そう言うだろうか。

 或いは、不幸なことがあったときに使う言葉だ。

 お母さんの表情と、先のリズルの言葉。そして、この流れから察するに、確実に後者の方だ。


 嫌だ。聞きたくない。でも、目を向けなければならない。

 お母さんは俺のことを思って、伝えようとしてくれているのだから。


「フェリが寝ている間、魔法で身体を調べたの。急に倒れたから、もしかしたら病気なのかもって。でも何も無かった。た。ただ、魔法が使えなかった理由が分かったわ」


 俺はただお母さんの言葉に耳を傾ける。


器に対しての魔力が異様に少なかった・・・・・・・・・・・・・・・・・の。魔力って魂から作られるもので、それを貯めておく器は肉体に影響するの。フェリの場合、器こそとっても大きいのに、魂から出る魔力が無いに等しかったの」


 理解は出来たが、納得がいかなかった。いや当然だろう。

 普通ならば五歳でもう魔法の一つは使えるのだ。

 俺だってそのはずだ。しかも、お母さんの子なら魔法を簡単に扱えて当然だろう?

 なんで? また不運か? 今度は魂が弱いのか?


「は...ぁは、は.......」


 息が出来なくなってきた。力が入らない。ただ涙だけが零れていく。

 お母さんが俺を抱きしめる。それで幾分かマシになったけど、まだ苦しい。

 頭に過去が映し出された。物心着いてから、飛び降りるまで全部。そして、黒の中彼女に会ったことも。


 ──────いや、普通・・じゃない。

 創造主は、俺を異世界に転生させることを、禁じられていることだと言っていた。

 つまり、現代社会で生きてそれに慣れた俺の魂は、この世界での魔力を作るという仕組みに適応出来ていない。

 だから、この世界で生まれたフェリシア・・・・・の器は大きく、の魔力は無に等しいんだ。


 でも、それに気付いたからって、何になる?

 余計虚しくなっただけじゃないか。


 気付きにより息苦しさこそ無くなったも、涙は溢れる一方だ。

 お母さんはいつか、「私と同じ魔術師になって欲しい」と言っていた。

 不運が続いたことによる自責の思いと、親の想いを無駄にしてしまった事実で、は暫くの間ずっと泣いていた。


 涙も枯れ果て、虚無の時間が続いた頃。

 お父さんが帰ってきた。お母さんは逆に出かけている。


「ただいま、フェリシア.........」


 先のことは全部お母さんから聞いたのだろう。

 浮かない顔をしていた。

 お父さんは俺のベッドの横にある椅子に座る。


「フェリシ──────」


「あのね」


「......なんだ?」


 被ってしまったが、お父さんが耳を傾けたので続けることにした。


「私、剣術を習いたい」


「......!」


 お父さんは目を見開いた。

 この世界では、男は剣術、女は魔術という価値観が根付いている。男が魔術を使う、女が剣術を使うのはおまけ程度くらいのものだ。

 それを本気で言ったため、お父さんでも驚きを隠せなかったのだろう。


「......なんで、そう思ったんだ?」


「この先のことを色々考えたんだ。本当はお母さんの後を追いたかったけど、魔法が使えないから。だから、剣術を極めてお父さんの後を継ぐことにする。でも、魔法は諦めきれないから、そっちの努力もする。そうして帝都学院に行くの」


「そうか......だが──────」


「女だから剣術は無理だなんて言わせない。私はお父さんの子供でもあるんだ」


 お父さんは目を瞑る。深く考えているときの癖だ。


「厳しい道のりになるだろう。剣を極めるとなれば、父さんも手加減しない。それでもやると言うのなら、応援しよう」


「やるよ。もう、決めたことだから」


 これは今を乗り越え、前世を拭い去るための試練だ。

 過去に囚われてばかりでは、創造主との約束も果たせまい。

 今の俺は、フェリシア=シュバルツァーなのだから。

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