魔法のような出来事は

 産まれてからしばらくは、ずっと同じ日が続いた。

 起きて、泣いて、ミルク飲んで、寝る。

 その繰り返しは飽きそうだったが、身体が赤ちゃんなだけあってかそれらを求めていたので、なんとか耐えることが出来た。

 衝撃だったのは、俺がフェリシアという女の子だったということだ。創造主に強靭な肉体と言われたので、てっきり男かと思っていた。


 そうやって五年が経ち、歯は生え、喋れるようになり、充分に歩けるようになったある日。


「フェリは凄いね〜」


「何が?」


 母親の言葉にそう疑問を投げかける。


「だってまだ五歳よ? 普通の子供は話し方が幼いのに、フェリってば大人みたいに話すもの」


「そうかな? お父さんとお母さんが凄いからじゃない?」


「うふふ。やっぱりそうよね〜」


 驚くことに裕福な家庭に生まれたみたいで、父は帝国騎士団の団長で、母は帝都魔術師の幹部らしい。

 そしてこの家は、帝都の富裕層が集まる住宅街にある。

 まるで前世の悪運を裏返したかのような生活を、俺は満喫していた。

 それでも苦難はあった。

 それは──────


「お嬢様。言葉遣いの練習の時間でございます」


「あっ──────」


 この家に居るたった一人のメイド。全てを万能にこなせそうな彼女は、俺に丁寧な言葉遣いを教えるのだ。

 喋れるようになった頃、ついつい前世の口調が出てしまい馬鹿ほど叱られたので、その日からずっとこれが日常に入っている。


 テーブルにある椅子に座ると、メイドも隣に座った。


「一人称はわたしです。わたしの名前はフェリシア=シュバルツァーです。続けて」


「わたしの名前はフェリシア=シュバルツァーです」


「そうですそうです。決して『俺』や『だ』などと言ってはいけません」


「それはもういいじゃん!」


 俺がそう言うと、メイドは食い気味で言葉を発する。


「はいそれです! 『もういいじゃん!』ではなく、それはもういいですよね? 続けて」


 こいつ、炙り出すためにわざとさっきのを......!


「それはもういいですよね......?」


「よくありません。お嬢様は名誉あるお二方の御息女。あのような失態は二度と無いよう、常に心に刻むのです。そして最低でも、丁寧な言葉遣いを使えるようにしなければなりません。他の家庭ならばもっと厳しいのですよ? それがよいのですか?」


「いいえ。今ので頑張ります」


「ならば続けましょう」


 問題児ってこうやって矯正されていくのかな──────


 なんとか言葉遣いのレッスンを終えたので、休憩をしていた。

 お母さんが焼いてくれたクッキーはとても美味しく、一瞬で無くなってしまった。


「ただいま」


 男性の声が響く。

 俺が居る部屋と玄関は離れているが、それでもしっかり耳に届いた。

 魔力の波長で声を飛ばしたのだろう。

 流石は異世界。やることが違う。


 ドアが開かれると、そこにはガタイの良い男が居た。

 お父さんだ。そう、帝国騎士団長の。

 名前はラルティス=シュバルツァー。


「ただいまフェリシア。今は休憩しているのか」


 俺は脇腹を両手で抱えられると、大きく持ち上げられた。


「次は魔法の時間だな。行くか」


 そのまま肩に座らせられると、庭へ連れていかれた。

 庭では魔法で水やりをしているお母さんが居た。


「おかえりなさい。あら、フェリが居るってことは、もうそんな時間なのかしら?」


 俺が足をばたつかせると、お父さんは肩から降ろしてくれた。


「相変わらず、リアが好きだな」


 お父さんがそう言った。

 リアはオフィーリアの略で、お母さんの名前だ。


「魔法の練習をするの?」


「そうよ! ワクワクする?」


「する!」


 俺は元気に返事をする。魔法なんていう、フィクションでしか聞いたことないものを実際にやるのだ。

 心が躍らないわけが無い。


「お母さんが今使ってた水魔法をしてみよっか。まずは手の平を前に翳して」


 言われた通りに、俺は肘をぴんと伸ばして右手の平を前に向けた。


「ジョウロから出る水をイメージしてみて」


「ジョウロから出る水......」


 複数の小さな穴から水が出る想像をする。

 魔法とはイメージの世界というのはよく聞く言葉で、目指すものを具体的にイメージすればするほど、その魔法を使えるという。

 なので、もっと集中してイメージしてみる。

 今度はジョウロの形から、出る水の筋一つ一つを想像していく。

 すると、右手に不思議な感覚を覚えた。まるで小さな粒が集まっているような、そんな感じだ。


「いい感じね、魔力が集まってる。今よ! 〈放水ルミア〉」


 俺は真似して言う。


「〈放水ルミア〉!!!」


 ──────数秒の静寂。

 お母さんの手以外から水が出ることはなかった。


「まだ早かったかしら?」


 お母さんが首を傾げると、一連の流れを見守っていたお父さんが反応する。


「普通は五歳で基礎魔法は扱えるようになっている。魂がそれを無意識に習得しているはずだが」


「もう一回やってみようか」


 俺は再び手の平を前に突き出して、呪文を唱えた。


「〈放水ルミア〉」


 しかし、何も出ない。


「うーん。水の魔法と相性が悪いのかな。逆に火の魔法はどう? 〈点火グリア〉」


「〈点火グリア〉!!!」


 しかし、火が現れたのはお母さんの方だけだった。

 まただ。また失敗した。

 忘れていた。失敗なんて当たり前だったのに。

 思い出したくないことを、思い出してしまった。


「は、はっ...ぁは.........」


 息が出来ない。目がチカチカする。


「大丈夫!!?」


「大丈夫か!?」


 叫ぶ両親の声を後に、俺の意識は沈んでいった。

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