落第勇者

ベール/Veil

さようなら。そして、よろしく

 生まれつき体が弱かった。

 運動なんか出来ないのが普通で、おまけに病弱でよく学校を休んでいた。


 生まれつき頭が悪かった。

 物覚えは良い方だが成績が非常に悪く、数学なんて何一つ理解できなかった。


 それがあってか、よく虐められていた。

 馬鹿だの死ねだの、そんなのは当たり前で、聞き慣れて何も感じなくなっていた。

 殴られ蹴られ、たまに血を吐いて、それも普通で涙すら出なくなったいた。


 両親は俺を産んで早くに亡くなったらしい。

 だから親戚に育てられた。でも、俺が高校生になってから死んだ。

 卒業までくらいの金は遺してくれたけど、それも今は盗まれた。


「不幸の塊」だって誰かに言われた。


「そんな暮らしも、今日で最後かな」


 学校の屋上の柵を越えて縁に立つ。

 ここから一歩先に進めば、落ちるのは当然分かることだろう。

 眼下には有象無象の生徒たちが居る。

 殆どが野次馬で、その中には俺を虐めていた奴らも居た。


「おーちーろ。おーちーろ」


 あいつらはそう掛け声をする。

 その大きな声に混ざるように、案ずる声も聞こえた。


 遅せぇよ。今さら心配すんなよ。

 今まで見て見ぬフリしてきた奴らは、事が大きくなるとやっと心配をし始める。

 心配をだ。助けようとはしない。

 教師は何をしている?

 生徒を解散させろよ。立ち入り禁止の屋上に俺が立ってるのに誰も来ねぇの?

 本当に助けたいなら、下にマットでも敷いて上から無理矢理でも戻そうとするはずだ。


 でもそうはならない。してくれない。

 何度も、助けを求めたのに。


 所詮人間。自分が一番可愛いんだ。

 かく言う俺も、楽な道を進もうもしている。


 呆れて乾いた笑いが出た。


 最後くらい、胸を張って、元気に行こうか。


「じゃあな!」


 大きく手を振りつつ、一歩。

 身体が重力を感じて浮遊感に襲われる。

 行ったことないけど、ジェットコースターってこんななんだろうな。


 瞬間、今までの風景が頭をよぎる。

 走馬灯は本来、その状況を打破するために過去を振り返って方法を探すためにあるって、どこかで聞いたことがあるけど、目に浮かぶのは傷しかなかった。


 心の傷。体外の傷。体内の傷。


 死に近づくほど、時間が遅くなっていく。


 死んだ後って、どうなるんだろう?

 そんな疑問がふと思い浮かんだ。

 その瞬間、怒涛の如く恐怖が押し寄せてきた。


 意識が無くなる? そうなったらどうなる? 無になる? 無って何? どんな感じ? それすらも感じない?


 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


「た」




 ────────────────────










 目を覚ますと黒かった。暗いのではなく、黒だった。

 いや、目を覚ましてはないのかもしれない。

 何も映らず、何も匂わず、何も聞こえず、何も触れない。

 前後左右上下の感覚すら無く、自分の身体の感覚すら無いため、動いているのかすら分からない。

 ただ意識、思考だけが存在するような、そんな感じだ。


 これが、無なのか?


 何故か好奇心が湧いてきて、喋ってみようと思った。


 こんにちは──────


 喋れているかは分からない。

 意味の無いことをしたと思い少し落胆した。


『..................こんにちは』


 え?

 何か聞こえた。いや、そう感じた?


『あなたは今、死して魂のみの存在となっている』


 女性の声だ。少しだけ低くて、初めて聞く種類の声だ。

 今まで聞いたことの無い、優しさに溢れた声。


『姿を見せることが出来ずにごめんなさい。わたしは創造主。あの世界を含めた、複数の世界の管理者。あなたの声は聞こえます。安心して、お話しましょう』


「何の話ですか?」


『あなたは、わたしが見てきた全てのものの中で、最も不運に見舞われたもの』


「そうですか」


 いきなり何を言うのかと思えば、それかよ。

 わざわざ言うことか?


『不運を宿命づけられたあなたを、わたしは目を逸らすことが出来なかった。瞼を閉じたかったけど、出来なかった。見て見ぬフリを......出来なかった............』


「──────」


 誰も、見ていないと思っていた。

 誰もが、見て見ぬフリしていると思っていた。


 でも、こんな所に、こんな所に......


「もっと早く言ってよ............」


『ごめんなさい。わたしが触れられるのは魂だけで、生者には干渉できなかった。でも、これで大丈夫』


「......大丈夫って?」


『あなたを転生させることが出来る』


 転生。それはつまり、また人生を歩むということだ。

 でも、再び生きることに意味を見出すことは出来そうにない。


『あなたの不運の宿命は魂に根強く残っている。あの世界に生まれても、また同じことになるでしょう。だから、わたしの管理している別の世界に魂を移す。そして今度は強靭な肉体と、充分な才能を得られるようにします。これで宿命に抗うことが可能になる』


「なんで............ なんでそこまでしてくれるの......?」


 涙なんて出ないけど、それても今とても泣いていた。


『幸せになって欲しいから。本当は、個人への干渉は禁じられているけど.......』


 ああ。これは彼女の私情だ。規則を破るほど、俺に報われて欲しいんだ。


『あとは、あなたにその意志があるかどうか』


「行くよ。転生させてくれ」


『本当ですか......?』


「自分から言ったのに聞き返すな。俺は生きてやる。今度こそまともに生きて、あんたの言う通り幸せになって、いつか、恩を返す!」


 その瞬間、光が見えた。

 次第に無だった感覚が輪郭を帯びていく。

 きっと、転生が始まったのだ。


『ありがとう』


「こちらこそ、ありがとう」


 光が増していくとともに、俺の魂はそれに同化していく。

 その光で、一瞬彼女の姿が見えた気がした。


『今度こそ──────』


 次の瞬間、全てが白に塗り返された。

 途中までしか聞こえなかったが、言おうとしていることは分かった。


 ────────────


 目を覚ませば、そこに顔が二つあった。


「そうだな。それにしよう」


「フェリシア。私たちの可愛い赤ちゃん。これからよろしくね〜」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る