残したものには※※がつく

古柳幽

迎え火

 盆だからね、迎え火だよ。そのためにお前も帰ってきたんだろ。律儀だね、別に社会人になって一人暮らしする前はそんなに来なかったろ、盆はどこも混むからね。特に地方は。ここに来るまでも結構車居ただろう。だから俺はこの時期遠出しないんだ。実家住みの特権だね。毎年ちゃんとやってるけどね、兄さん父さんはなかなか帰ってこないよな、ま、気持ちは分かるよ。俺だって東京出てた時は来たくなかったもの。ただでさえ遠いし。


 それなりに力仕事あるからさ、まあ人手があるのは助かる。精霊棚もやってくれたし大分楽だったよ。ありがとう。精霊馬がなかなか立たなかったのはまあ、ご愛敬ってことでいいだろう。どうせうちの先祖なんかみんな大雑把で寄り道でもして帰ってくるような人ばっかだからな、多少蛇行運転したって途中でコケたって気にしやしないよ。


 じいちゃんなんかいつも用事の前も後も飲み屋やら友達んちやら寄って、ばあちゃんにどやされてもどこ吹く風だったし。ばあちゃんだって買い物行ったら井戸端会議が夕方までかかったりしたもんな、似たもの夫婦の後も先もそんなもん。馬だっていろいろいるもの、牛ならなおさら、なかなか動かなくたってこれ幸いとのんびり帰ろうってなるさ。立ってるだけえらいよ。兄さんは何回やってもひっくり返ったもん。


 うん、今日は火移したからね、これ持って帰って霊膳供えたらおしまい。お疲れ様。終わったらあとは好きにしていいよ、夕飯はもうだいたいできてるしね。明日も色々やることはあるから早めに寝なさい。やりたくないってんなら昼まで寝てたって良いけどね、俺は結構期待してるよ、一人だとそれなりに大変なんだから。


 ああ、そう。嬉しいね。やる気があるのは良いこと。じゃあね、花火してから寝ようか。夏のイベントとしてはなかなか風情あるだろ。ご褒美だよ。この間さ、あの角の……そう、矢口さんとこの商店でね、売ってたから買ったんだ。一人だとなんとなく寂しいけれどね、二人なら誤魔化せる。お前来てくれたから……ううん、まあ、そうだね。俺がやりたいだけったらそうだけどさ、乗ってくれよ、そこは。飛ぶのは危ないからないよ。代わりに色変わるやつとか線香花火とか、結構入ってるから。一時間くらい遊べるよ、たまには良いよな。おっさん一人でやるのも絵面が貧相じゃん。若いのが居てくれるとまあ花がある。……いや、野郎二人だけどね、そこは仕方ない。


 そんで――なんだ、そりゃ近所の人も来るよ。この辺はだいたいここかあっちの方にある寺が菩提寺だもの。盆だからみんな迎え火やるよ、やんなきゃいけない。ううんとねえ、さっき声かけてきたのはじいちゃんの行きつけだった飲み屋んとこのひと。あとあっちは二つ隣のひとだ。お前はあんまりこっちに居たことないから知らないと思うけど、だいたい顔見知りだよ。都会みたいに人多くないからね、どうしてもどっかですれ違う。母数が少なきゃ嫌でも顔覚えるから会釈くらいはする。


 ああそうだ。あとはね、あの端に居るひと。三人組、提灯持ってるだろう。あれはあんまり見ない方が良い。


 目合わせると良いことないから。まあ、そこまで気にすることでもないけどさ、ちょっとくらいだから。たまに夏風邪拗らせるくらいはあるけどね、あとはちょっとした不注意とかなんとなく運が悪いとかそういうレベルだ。致命傷にはならない。


 なんだってねえ、あのひともご近所んだけど。うん、過去形。もうね、家ないんだよ。ない――ったら、語弊があるけど。もう廃墟になってるんだ、誰も住んでない。


 厳密にはまあ、住んでるっちゃ住んでる、のかな。生きてる奴は住んでないし生活してない。住める状態でもない。いつだったかな、俺が大学生の頃にはもうそういう状態になってたと思う。木がダメになって崩れて庭も野生に返ってる感じ。浮浪者だったら雨風凌げるとこだろうけどね、収入があるならもうちょっといい場所がある。そもそも宿無しが住み着いてるわけでもない。普段は人の気配しないもの。


 それでも盆だけはね、家が生きてるんだ。


 あのひと、先頭で提灯持ってるじいさん。昔はね、近所で有名な雷親父だったんだよね。俺も小さいころによく怒鳴られた記憶があるよ。まあ、理不尽ではなかったかな。木刀持って追いかけられてねえ、必死で謝ったよ。それに比べたら今は結構丸くなったのかも。まあ、あの状態の人に喧嘩売ろうなんか普通考えないしな、俺だってもう無茶する子どもじゃない。怒らせたらね、ろくなことにはならないだろうけど……触らぬ神になんとやらってやつ。


 そう、死んでるんだよ。何年前かなあ、息子さんたちは都会の方に出てっちゃってね、あとはじいさんとその奥さんと、弟さんだったかな。三人だけね、残って。でもまあ年だから……順当に亡くなったのよ。一回都会出てわざわざ帰ってくるわけもなくてね、それなりに大きい家だったんだけど、それでおしまい。管理もしないから寂れて崩れた。


 でもさあ、やっぱり家の意識ってあの年代だと結構強いんだよね。長男が継いで、他はよそに出して、家を守っていくってそういうさ。じいさんも昔っから言ってたからねえ、継ぐ人居ないのがよっぽど嫌だったんだろうね。盆には先祖迎えて家で生きてるふりするんだよ。


 ちゃんと提灯持って来て火つけてさ、持って帰る。夜になるとね、宴会してる声がするんだ。みんな死んでからずっとだ……。ずっとね、家を生かしてる。


 執念凄いよなあ。まあでも、そのために生きてたんなら死んでからも執着するよな。自分らはちゃんと葬式で引導してもらったのにも逆らってまで家に取り付いて、生きてるふりして先祖代々今まで続いてますよってアピールしてんだ。他は誰も気にしちゃいないのにね。


 どうなんだろう。俺はね、本人が納得してりゃ良いとは思うんだ。それで満足するなら、目合わせなきゃいいだけだし。合わせたってそこまでダメージあるわけでもない。ちょっと不気味なだけで、あとはほら、知らなきゃ幽霊っぽくないだろう。はたから見たらただの迎え火の光景だ。なんの懸念もない。見守る……まで行かなくてもね、ああ今年もやってんなって思うだけ。


 ただね、いつまでその虚勢が続くかってね、分かんないよな。だって家ももう殆ど崩れちゃって、ほぼ瓦礫の山なんだもの。「家」名乗るにはギリギリ。その頼りもなくなったら、じいさんどうするんだろうね。依り代がなくなったらなんにも取り付くものがない。だからって大人しく成仏だかをすると思う?俺はね、無理だと思うんだ。


 だってお前、自分が必死になってなんとしてでも守ってきたやつがさ、だんだんダメになってついに取り上げられたからって、きっぱり諦められる?難しいだろう。そこでね、分別つけて大人しくします諦めますってんなら良いんだけどね。……お前ならどうする?


 俺ならねえ、他の「家」を探すかな。また新しいを見つけて取り付く。で、また儀式をするんだ。気休めったって、ないよりマシだもの。それにね、死んでまでそれに執心するなら手段も選ばないだろうなってね、そう思う。考えてもみなよ。もう死んでんだよ。閻魔様に睨まれたって、こっちにいる分には結構好き放題できるだろう。生者にはどうにもできないんだから。殴って解決できるならまだ対処のしようがあるけどね、あっちは人知を超えたなにかしらをできる可能性がある。そしたらさあ、やるしかないだろ。


 まあね、考えたって仕方ないったらそうなんだ。お祓いったってどこまで効くのか分かんないしね。幽霊がこんだけまざまざと存在を知らしめられるくらいなら、それをどうにかする術がある可能性は期待できると思うんだけど。どうだろうね、とりあえずここの生臭坊主は無理だろうよ。


 それに見ろ、ほらもうじいさんたち帰ったから……この墓石。風化してコケ生えて、文字ももう見えなくなってる。俺だってさすがにまだじいさんちの名前は憶えてるけどね、もうさ、なにを守ってるんだかね。分かんないよね。いつかみんなに忘れられる。名前も分からない、正体も分からない、ただの送り火する怪異になる。そしたら家もクソもない。


 あんまりさあ、物にも人にも執着するべきじゃないと思うんだ。どうせなくなるんだから。じいさんたちもさ、仏教の教えに則るならとりあえず生きたふりは救いがないだろ?そういう儀式するんならさ、それに従わなきゃいけない気がする。


 ま、あとはじいさん次第だろうね。あの頑固親父がどこまで頑張れるかってね、奥さんも弟さんも止めりゃいいのにさあ、やっぱ家長は強いからねえ。うちはもう俺だけだし、楽なもんだよ。兄さんだってあっちでやってく心算だろう。お前も別にこっち来たりしなくていいぞ、俺は一人でいるのが好きだから。


 ああでも、たまに遊びに来てくれるんなら良い気分転換になるな。面白いもん出せるかったら分かんないけどね。とりあえず今日はさ、火が消える前に帰ろう。そんで、花火しよう。俺はさあ、生きてるうちにね、楽しめることはやっとこうと思うんだ。だからさ、付き合えよ。

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