第二話 愉快な職場へようこそ。

余命一週間、それも”長くても”一週間と言われてしまっては、業務中に死んでしまう可能性もある。仕事仲間にそんな迷惑はかけたくないので昨晩書いておいた辞表を握りしめ職場へと向かってる。厳しい残暑に、汗でインクがにじんでいないかと心配になり、足を速める。


「しっかし、建物がこんなにも胡散臭いと依頼人も入ってきづらいだろうし。俺が辞めたらここもお終いかぁ。」


そして、ほこりが溜まって少しギトギトした取っ手に手をかけ、レールから外れないようにゆっくりと、しかし力をこめて戸を引いて職場に入る。クーラーは涼しい。しかし、目の前は騒がしく


「私のことは遊びだったの。」


「まぁまぁ、落ち着いてくださいな。」


20代前半の女性が大柄のイケメンに抱き着いて、左手を腰に回してホールドした状態で右手に持った鞄で殴打している。俺はそんな二人の横を通って、自分のデスクに向かう。がしかし、


「ちょっと!無視しないで助けてくださいよセンパーイ。」


俺にくっついてくるイケメン。しかも腰を低くして目線を合わせてくるもんだから余計にイラつく。こんなの男だったら誰だって振りほどくわ。


「うるせえ!!お前の担当だろ。それに俺は仕事辞めるからお前の先輩じゃねえ。」


この面のいい高身長は俺の後輩。俺らの職場はざっくり言ってしまうと何でも屋だ。コイツはイケメンなのに加えて喧嘩もそこそこに強いのでストーカー関係の仕事を請け負っている。どうせ今回も仕事で彼氏の演技をしてたら相手が本気にしちゃったパターンだろ。


「えっ・・・。」


後輩が悲しそうな顔をする。そうそう、こういう展開だよ。俺が求めてたのは。しかし、


「何?」

「何!」

『な~に~!!』


5つ上の小太りおっさんと、同い年のツンデレ合法ロり、そしてテレビに映る芸人の声が奇跡的に連続して、コメディになっちまったじゃないか。俺のシリアスを返せ。


シーン。


そして急に黙るな。仕事仲間だけでなく客も黙ってしまい。クーラーの音だけが反響する。すると、ぎいぃ-。


「退職理由を聞かせてもらおうか。芥田時雨くん。」


身長は俺と後輩の真ん中ぐらいのイケオジ社長(といっても童顔で威厳は無いのだが)が奥の部屋から出てきた。皆の視線は自然と社長に吸い込まれ、やがて社長の視線の先にいる俺へと向いた。


「はぁ、黙っていたいんですけど納得しませんもんね。」


この人たちはしつこいし、法律スレスレ。白か黒でいったら限りなく黒に近い灰色だからな。諦めて言った方がいいだろう。


「余命宣告されました。心臓が限界らしいです。寿命で死んだ人の心臓と状態が近いそうで、なので迷惑をかける前に辞めようと、、、。」


社長は腕を組んで、ふむふむといったようにきき終え、改めて俺の目をみて言った。


「そうか、認めん。」


「いや、ここを事故物件にするつもりですか!?」


「ここにきたときに契約書をちゃんと読んだか?」


「あの、社長が不利でひたすらに従業員に優しいアレですか?」


「うむ、それだ。だけどな、最後まで読まなきゃダメじゃないか。第十三項、従業員は後ろ向きな理由で退職することを禁ずる。」


げっ、忘れていた。っていうか結局優しいんだよな。まさかそれが障害になると思わなかった。


「一人で死ぬのは寂しいだろう。それに、仕事も途中だろう?まったく。受注するだけして勝手に消えるのは身勝手だ。」


ごもっとも。俺が引き受けていた仕事はかなりハードだからな。


「はいはい。わかりましたよ。死因は老衰から殉職に変更ですね。だけど、途中で死んだらあと頼みますよ。」


ふん、鼻で笑われてしまった。


「任せておけ。私に出来ないことはそうないからな。心配するな。後のことなんて考えるな。これは社長命令だ。」


ったく、顔に見合わず雰囲気と言葉の重みだけはイケオジなんだから、この人は。


「迷惑かけると思いますが良いんですか。」


「わざわざ、きかなくたっていいだろう。」


ええ、そうでしょうね。


「これも仕事のうちだ。当然のことだろう?」


あなたならきっと、そう言ってくれるって信じてた。

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