すぐ寝る私は…

@moinmoin-ruricho

第1話

「はい焼売できたわよー」

これで何品目だろうか、祖母がせいろに入った焼売を運んできた。料理が趣味の一つとなっている祖母は、私達の家族が来るたびにサラダに刺し身、炊き込みご飯に餃子と五月雨式に料理を作っては出してくる。

「やったー焼売だ!いただきまーす!」

それらの料理を食いしん坊の私が食べないわけもなく。

一個、また一個と私は箸を進めた。口に広がるエビのぷりっとした食感がたまらない。気づけばせいろ一つとご飯茶碗が空になっていた。

そんな私がおかわりを求める横で、

「そろそろお腹いっぱいかな。ごちそうさま」

と丁寧に手を合わせて姉が立ち上がった。

「あら、お腹いっぱい?もっと食べても大丈夫よ?」

と私のご飯を大盛りによそりながら祖母が聞いたが姉は答えなかった。

私とは対照的に姉は少食で、しかも(この年ごろなので大きな声で言うのは憚られるが)随分痩せているように見える。私自身こんなに少ない量で大丈夫なのかと疑問に思うこともあるが、現状維持はできているという。


「食べ過ぎには気をつけるんだぞ、わしみたいにぶくぶく太ってまう」

と祖父がからかうが、

「ちょっと太るぐらいどうってことないわ、私は毎日の運動で消費できるもの」

と言い返してやった。正直食べすぎて太っても、私はあまり気にしないほうだと思う。私は食べるという行為自体が楽しいことだと感じているし、太るメカニズムも栄養バランスのことも知っているつもりではあるから大まかなエネルギー管理ぐらいはできると思っている。


そんなこんなでデザートの大盛りの梨も食べ終え、私はきちんとご馳走様、と手を合わせた。いつも祖母は2階の1部屋を、私たち姉妹が遊びに行ったときに寝る場所として整えてくれる。連続の部活明けに長時間の移動、更には食事後であるのも相まって私の頭は満腹感と疲労と眠気でいっぱいだった。二段ベッドの下の段に大の字になって私は自由落下するように眠った。



頭が眠りから覚めた。

…なんだか、身体が重いような気がする。

風邪でも、引いたかなぁ。でも昨日までちゃんと元気だったし。

とりあえず、眼を開けようか…まぶたが重いのはいつもだけど。

あれっ?

見える世界が変だ。緑と青だらけの世界。確かさっき見たときはベージュ色だったはずのベッドの骨組みが真っ青だった。

更に視野もおかしい。右左がよーく見えて、眼の位置までもが変わった感じがする。

もしかしてまだ、私は夢を見ている?

起き上がってどこか見てみよう。


…起き上がれない。

首を動かそうとしたけど動きづらさが寝違えたときの比じゃない。

首がだめなら手を動かしてみよう。

…私の指、何か変だ。

幸い腕は動かせて、顔の前に持ってこられた。

私の緑と青の世界に映ったのは腕ではなかった。

蹄のついた「前足」だった。


私は本当に夢の中にいるのではと焦った。

未だに指の感覚は残っているし、目に見えるものが何かもちゃんと言葉でわかる。

動かしづらい首をどうにか左に回そうとしたら、

どごんっ!と鈍い音がして痛みが走った。

痛むのは…頭の表面じゃなくて、外?

そこで私は初めて気がついた。

痛む部分が、今まで”なかった”部分であることに。


痛みも経験し、いよいよこの状態が現実味を帯びてきた。

前足になった腕に、頭に新たにできた何か。もう人ではないものになってしまっているのは確かだ。

だが夢と思っていたものが現実へとシフトしたせいか、この感覚が嫌悪的なものではなく新鮮なものであると思えた。学校の授業とかで聞いた変身って、こんな感じなんだ、と自然に納得できていたのだ。


ガチャリとドアの開く音がして、左の視界に人影が見える。

「また頭ぶつけて…って」

それを姉と判断して2,3秒。

「ちょっと!?あ、あんた…牛になっちゃったの!?」

その声はたやすく驚愕に裏返った。

「牛?」

姿が変わってから初めて、私の喉を声が通った。が、違和感がした。

私の声が出せているとわかっているけれど、それに何か鳴き声のようなものが混じっていた。

「そうよ牛よ!角は生えてるし顔立ちは変わったし…」

どうやら声は言葉になって姉に通じたようだ。

確かに辻褄はあった。牛には蹄があるし、さっきぶつけた場所は新たに生えた角だろう。更にかなり重量はあるので数十キロだったものからここまで増えれば身体が重いと感じない訳が無い。

「牛かぁ…」

それにしても、牛になったのか。鳥とかになれたらもっと楽しそうだけど、のんびりと牛になるのも悪くない。食べ物の味とか変わってしまうかもしれないけど、いずれにせよ食べることができるなら問題ない。牧草とかは牛にとってはどんな味なのだろうか。


「なんでこうなったのかとかは私も混乱してるから一旦置いといてさ」

少し上ずった声で姉は切り出した。

「起きる?てか起きられる?」


あ、忘れてた。

身体が重いのもそうだけど、


私、めっちゃ大の字でひっくり返って寝てたんだった。


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