六頁ー悪夢ー


城の中に入り、廊下を歩く。その窓脇には、車椅子に乗った女性がぼうっと空を眺めている。女性の視線がエデンに移り、無表情のまま、じっと此方を見つめていた。エデンもその視線を外さない。すると女性は、身につけている紫色のブローチを外した。そっと、掌に乗せる。


「……有難う御座います」


それが自然な動作とばかりに、エデンはブローチを受け取った。そのブローチは霧散し、水晶玉のネックレスに吸い込まれる。エデンはぎゅっとネックレスを握り締めながら、シノンに一礼した。


「頑張ります。俺は楽園を救います」


ハーロックの影がちらつく。それでもエデンは救わねばならなかった。楽園を。自身の築いた国を。



城から出ると、赤い夕焼けが国を照らしている。ぼうっと眺めていると、腕を引かれた。突然の事で身体がよろけると、ハーロックの腕の中へとすっぽり埋まる。ひゅっと短い呼吸をした。それに気付いてか知らずか、ハーロックは仄暗い笑みを浮かべる。


「エデン。ご褒美の時間だよ」


エデンはきっとハーロックを睨んだ。それすらも嬉しそうに、ハーロックは目を細める。


「その顔も可愛いね。さあ、此方だよ」


エデンは逆らう事なく、ハーロックの手に引かれて町外れの小さな小屋に連れてこられた。ハーロックが無遠慮に扉を開くと、中から微かな死臭がした。小屋の中には、拷問器具と倒れた人影がある。フレッドだった。変わり果てた彼の姿に呆然としていると、背中を勢いよく蹴られる。小屋の中に転がり込むと、ハーロックは扉を閉め、鍵をかけた。そのままエデンの元に擦り寄ると、狂気的に微笑んだ。


「フレッドに見て貰おうね、エデンが俺のものになる所を」


そしてまた、拷問が始まる。



夜になった。黄金色の三日月が照らす中、宵月はエデンを探していた。何処を探しても、エデンの姿はない。途方に暮れていると、人の足音が聞こえた。ふと見ると、ハーロックの姿がある。宵月はばっとハーロックの歩いてきた道を逆走した。そこには、廃れた小屋がある。開いてる扉。血腥い匂い。


「……」


そっと小屋に入る。そこには、フレッドとエデンの亡骸があった。ぴしりと脳が音を立てる。ふらふらと歩み寄り、エデンだった"もの"の前でへたりこんだ。


「俺には守る事すら出来ないのか」


温度のない声が鳴る。誰に対してのものでは無い。だけど、返答が来た。


「今のお前に奴は守れない」


冷めた声が返ってきた。小屋の扉付近に、闇がいる。クラウスだった。クラウスは、何処までも覚めた視線で宵月達を眺める。宵月は徐に彼に視線を移す。どうすればいいか判らなかった。どんな感情を向ければいいか判らなかった。それでも宵月は、声を絞り出して言った。


「……それでも、俺は守りたい」


クラウスは動じなかった。彼はひとつ息を吐くと、何処か不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。クラウスは宵月に背を向けると、闇に解けるように姿を消して言った。


「なら、精々足掻いて見せろ」


宵月はエデンに向き直った。彼の血塗れの頬を撫で、胸元に顔を埋めた。エデンは覚悟した。なら自分も、覚悟しなければならない。


決別。


そうすると、くすくすと魔法使いの声が聞こえてくる。宵月は拳を握り締めて、次の世界に行く為、エデンに会う為に、再び世界をトリップするのだった。








第六章.完.

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