七章
一頁ー地獄ー
「やあ」
声を掛けられた。楽園の警備に、ひとりで当たっている時だった。その声を掛けてきた長身の男は、空色と黄色のオッドアイで妖しく微笑む。
「随分壊れ甲斐がありそうだね」
腰にさしてある剣の柄に手をかける。それでも男は怯む様子もなく。柔和に微笑んでいた。妖しく、何処か、自分に似てる男。
「……好きな人を自分だけのものにしたくないかい?」
男は、彼岸はそう問うた。はと、目を見開く。何でもお見通しかのように、彼岸は言う。それで自分は、ハーロックは、その言葉に溺れ、信仰していったのだ。
*
「お前とのこの関係を終わりにする」
白い空間で宵月は彼岸にそう言った。彼岸はどうとも反応を示さなかった。互いに対峙する様に立ち、互いに見つめ合いながら、どれだけの時間が経っただろう。ゆらりと彼岸が動いた。宵月を壁際まで追い詰めて、彼の髪を鷲掴みにする。見開かれた暗いオッドアイ。その瞳が、理解が追いついていない事に気付くのに時間を要した。
「独りが怖くて勝手に”造って”おいて、捨てる気?」
怒気を含んだ声で彼岸は言う。そのまま身体を無理矢理暴かれて、彼岸の行動はエスカレートする。抵抗しようにも、彼の力が強い。
「っ、……やめ、」
「なんで? なんで? ……なんで宵月もあの子も、私を見てくれないの?」
虚しい声が響く。そのまま彼岸は虚ろな表情のまま、宵月を無遠慮に、獣のように貪り続けた。
*
頭に衝撃が来た。それ程強いものでは無かったが、心底驚いたエデンはばっと顔を上げる。机に突っ伏していた様だ。その丸テーブルの隣の席には、黒い短髪の、切れ長の瞳の女性が此方を睨んでいる。見覚えがあった。一番始めにトリップした世界、そこに居たヘヴンだった。ただ、その楽園で会った時より、齢を重ねていたような。
「エデン」
そのヘヴンが苛立ちを含んだ声で呼ぶ。視線を合わすが、彼女は不機嫌なままだった。
「なに寝ぼけてんだ、莫迦野郎。レオラルドをどうにかしろって話だろ」
「レオラルド……?」
聞き慣れない言葉にぽかんとしているエデンに、ヘヴンは呆れた顔をする。
「まさか、息子の名前も忘れたのか?」
その言葉に、エデンは文字通り驚愕した。誰と、誰の。前の楽園のヘヴンとは、所謂妻と旦那の関係だった。つまりは、そういう事だろう。エデンなりに自己解釈をして、エデンは納得をすると、次に彼の存在を思い出す。ヘヴンは意に介さずに話を続けた。
「それより今はレオラルドだ」
「……少し待ってくれ、探いている人が居るんだが」
「探してる人だあ……?」
訝しげに此方を睨むヘヴンに、エデンも負けじと言う。
「その人も、レオラルドの力になってくれるんだ」
「……」
嘘を吐いたが、どうだろうか。ヘヴンはまだエデンを睨んでいるが、その時、扉がノックされた。入れと言うヘヴンの声に続き、扉が開かれる。入ってきたのは天然パーマの髪のブラウンだった。
「エデン、ヘヴン、不審者を連れてきたよ」
……宵月だ。
エデンはそう察した。ブラウンに着いて行く事にしたエデンとヘヴンは、城の入口に向かう。其処に居たのは護とハーロック、そして手首を拘束された宵月だった。だが、何故だろう、フレッドが居ない。
「護、フレッドは?」
エデンは思わず護に訊ねる。すると護は少しだけ不快そうに顔を顰めた。
「はあ? とぼけてんのか、エデン。フレッドはあの”天界”から来た天使に殺されただろうが」
「……天使?」
「取り敢えず、この不審者はどうする?」
エデンははっとして、取り繕う為に頭を回転させる。
「その人は俺が呼んだ人だ。宵月と言う。レオラルドの力になってくれる」
「なんかそんな事、さっきも言ってたな」
「信用できるのか?」
ヘヴンが付け足す。護やフレッドは訝しんでいるが、エデンは宵月をどうにかしないとと力説した。
「出来る。何度も俺の事を助けてくれた。そうだろう?」
宵月に視線をやると、こくりと彼は頷いた。一度周囲が黙り込むが、ヘヴンは溜息を吐いてその沈黙を掻き消した。
「……まあ、お前が其処まで言うなら、そうなんだろうな」
何処か納得した様子で呟くと、ヘヴンはエデンと拘束を解いた宵月を見つめて付け足した。
「なら見せて貰おうじゃねえか、レオラルドを助けてやれ」
それを聞いたエデンと宵月は、お互い視線を見合わせてから頷いた。
「レオラルドに会わせてくれないか」
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