四頁ー愛ー



宵月は草原で目を覚ました。

両目共見える視界。風の吹く音が聞こえる。


「な……」


驚きの声を上げる。声が出る。その事にも驚いていると、ふらりとひとりの男が宵月の前に現れた。


「声はどうした」


クラウスだった。宵月は困惑しながらも、彼に返答する。


「判らない。でもエデンがあの"魔法使い"と契約したとしか考えられない」


はと、エデンを探さねばと脳が警告する。走り去ろうとした時、


「何故」


とクラウスは問うた。宵月は、その問に返す言葉をひとつしか知らない。


「愛しているから」


宵月は駆けた。エデンを探す為に。



探しても、エデン所か、人ひとり見つけられずにいた。そんな中だった。彼が現れたのは。血塗れの姿の青髪にバンダナの男だった。確か、エデンが親友と言っていた人だった。名前は、


「ハーロック……?」


訝しみながら、宵月は声を掛けた。ハーロックは返事の代わりに、その場に似つかわしくない笑みで返す。宵月は問うた。


「その血はなんだ……? あと、エデンを知らないか?」

「……嗚呼、あれ?」


ハーロックは笑みを貼り付けたまま、洞窟の中を指した。ぞっと怖気が走る。宵月は急いで洞窟の中まで走った。そこで、宵月は膝から崩れ落ちる。エデンはいた。血塗れの死体となって。身体のあちこちに裂傷や刺し傷があり、首は有り得ない方向に曲がっている。生気を宿していない緑の瞳。血の海と化した洞窟内。宵月は、言い表せられない絶望を突き付けられたようだった。エデンの死体。血塗れの、返り血だらけのハーロック。


そこで、くすくすと笑い声が聞こえた。現れたのはグリだった。彼は嘲笑うように宵月達を見下ろしながら言う。


「残念でしたね、宵月様。でも、此処にはピースは無かったようです」


失礼致しましたと言葉だけの謝罪をし、グリは宵月を値踏みする。


「さて、今度は何処を頂きましょう……」

「……待て」


やっと声を絞り出して、宵月はグリの科白を止めた。興味深そうにグリは宵月を見つめている。宵月は、無表情のままグリを見上げた。


「提案がある。……俺が、自分の代償を考える」

「ほう……」


目を細めてグリは笑う。必死に頭を回しながら、宵月は考えられるだけ考えていた。光をなくした瞳でエデンは宵月を見ている。それが悲しくて悲しくて、仕方がなかった。



ハーロックの姿は消えていた。洞窟を出た宵月とグリは、平和そうな風に吹かれながら対峙していた。


「……宵月様。それで代償、とは?」

「……血液でどうだ」


宵月の考え出した代償はこれだった。もう、視覚も聴覚も失う訳にはいかない。だから、と彼が考え抜いた答えは"血液"だった。興味深そうにグリは目を細める。宵月は続けた。


「俺の血液なら、普通の人間の致死量を超えて取っても、俺は死なないし、お前も満足するんじゃないか」

「……そうですね」


グリは考えた素振りを見せた後、そっと宵月に近付いた。怪訝にしていると、ぐいと首元の服を引っ張られる。露わになった首元に、グリは噛み付いた。


「……っ」


こくり、こくりとグリの喉が上下する。どのくらいそうしていただろう。意識がぼやけ、視界が白くなり掛けた時、グリは吸血行為を辞めた。崩れ落ちる宵月に対し、グリは淡々と言う。


「いいでしょう。これからの代償は宵月様の"血液"、賛成致します」


では、とグリがブーツで地を叩く。魔法陣が展開されると共に、宵月は貧血で意識を失った。




第四章.完.

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