三章
一頁ー傭兵ー
また白い空間で彼岸との行為が始まる。
彼にとって、"これ"は飯事の延長でしかなかった。そう教えたのは宵月自身であり、夢中にさせたのもまた自分だと、宵月は自嘲した。
「新しい玩具なんだけどね」
事後。また彼岸はその話を始めた。宵月は静かにその話に耳を傾ける。
「なんか、私を信仰してるみたいでね。莫迦らしいったらありゃしないんだよ。私は神でもなんでもないのにね?」
その声掛けに、宵月は応えない。不貞腐れた彼岸は、再び宵月を抱き寄せ、深く口付けた。またか、と宵月は思い、そこからは思考を放棄した。
*
「寝過ぎ」
凄まじい衝撃が、エデンの額に走った。激痛に意識を浮上させ、声にならない呻き声をあげる。
「エデン兄さん、お寝坊さん」
先程の声とは違う、幼い少年の声が聞こえる。脳は無事だ。本当に壊れるかと思った。額をおさえながら起き上がると、そこにはふたつの人影があった。
ひとりは、ボサボサの色素の薄い髪に甚平を来た小柄な男。もうひとりは、その男よりも小柄な、赤い髪を短く切った金と黒のオッドアイの少年だった。
「……」
また世界をトリップしたか、とエデンは考える。最期に見た月影の虚ろな瞳を思い出す。そんな感傷に浸っていたら、男の方にじろじろと見られている事に気付いた。
「あの……?」
「誰じゃあ、お主は?」
「がらんの師匠、エデン兄さんだよ? ボケたの?」
「黙らっしゃい」
がらんの師匠と呼ばれた男が少年の頭を小突く。すると少年は、三十メートル程遠くまで吹っ飛んで行った。驚愕しているエデンを他所に、がらんのは言う。
「そうじゃったのお、エデン。昼食の時間だからいくぞ」
「……???」
疑問を解決させてくれずに、がらんのは少年を担いで「着いてこい」と言った。その通りに従い着いて行くと、人で賑わう街に辿り着く。人混みを抜いながら歩くがらんのの後を追うと、ひとつの食堂へと足を踏み入れた。
「がらんの旦那あ、またセレーネぼこったのかあ?」
「お疲れ様です、がらんの師匠」
人の多い店内の中、先に座っていた大テーブルに、ふたりの男が待機していたようだ。二人共、紫の髪に赤い瞳。兄弟だろうか。がらんのはセレーネを席に座らせ「起きろ」と言うと「ふえ?」と少年が目を覚ます。
「飯じゃあ、好きな物頼めい」
「旦那あ、エデンは午前の修行さぼったから飯抜きじゃねえ?」
「……えっと……」
どうすればいいか判らず、エデンは吃る。それに不信感を感じたのか、タレ目の男がエデンを睨んだ。
「おい、どうしたんだエデン」
「兄者、エデンさんはまだ寝惚けているのやも」
タレ目の男を兄者と呼んだジト目の男は、少し呆れているようだ。
「記憶喪失じゃあ」
「はあ」
「はあ?」
「ええー!?」
がらんのの言葉に、三人は各々の反応をした。はとエデンはがらんのを見やる。彼はなんにも考えてないような顔で、知らん振りをしている。
「じゃから、修行はしばし休憩にする。先ずは飯じゃあ。腹減って敵わん」
がらんのはメニューを眺めながら欠伸をする。彼の適応力に感謝しながら、エデンは言葉に甘える事にした。
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